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目覚めは、いつも決まっていた。
パンが焼ける良い香り、ベーコンが焼ける良い香り。
起床して顔を洗って衣服を着替えて、身なりを整え。
長い自慢の髪を丁寧に櫛で梳いて、枝毛を見つけようものならば小さく悲鳴を上げて。
鏡に向かって元気に、にこりと笑顔のまま。
部屋を出て、窓から小鳥の囀りを聞いて天気を確認して、食堂へ。
定位置に着席、用意されているいつもの朝食を口にする。
「おはよう御座います、姫様」
「おはよう、ロバート。
今朝もお得意のこの完璧な、何重にもなるクロワッサン・・・見事ですわー」
目を輝かせて、ずらりと並びすぎた朝食を見つめる。
籠にクロワッサン、5個。
ガーリックトースト、5枚。
ベーコンつき目玉焼き、5個。
コブサラダ(ポテトにトマトに炙りハム、ゆで卵に、ひよこ豆、レタスにキャベツに玉葱)、5皿。
コーンスープが鍋ごと設置。
苺、オレンジ、バナナ、リンゴ盛り沢山。
オレンジジュースに、ミルクに、紅茶にコーヒー。
〆でお粥に、味噌汁、漬物。
「いただきます、ですわー」
行儀良く手を合わせると、一気に箸とフォークを巧みに使用して次から次へと胃の中へ放り込む。
静かに隣でロバートは立っていた、ミルクが無くなれば注ぎいれ、スープが無くなれば注ぎいれ、バターが不足したら新しいものを用意。
一人分なのだ、この朝食。
何処に入っていくのだろう、細身の彼女だが綺麗にそれらは胃の中へ。
顔色変えずにロバートは空の皿を片付け始めている、優雅に彼女は右手に紅茶、左手にコーヒーで食後の一服だ。
忘れていたわけではない、〆でお粥と味噌汁、漬物を駆け込み、最終が煎茶。
「美味しかったですわー、流石ロバート」
「よう御座いました」
にっこり微笑んで彼女は立ち上がる、不意に首を傾げて一言。
「お父様とお母様は?」
「まだ眠っておられます」
「あらまぁ・・・」
彼女はそのまま、再び席に戻って軽い溜息を吐く。
「仲、良いですからね」
「そうですわねぇ・・・」
ロバートが、再び煎茶を入れてくれたので彼女は再びコップを手にしてちびちびと飲み始める。
テーブルに肘をついて、静かに瞳を閉じて。
「困ったものですわー」
「そうでしょうか。私は良いと思いますが」
「そうかしら?」
「ですが、計画は失敗です」
計画? 瞳を開いてロバートを見れば、何時の間にやら接近してきていたので慌てて身を退けそらせた。
「お后様に似ておられますが、やはり血は半分・・・。王様にも似ておられて可愛さあまって憎さ百倍。
娘の貴女様を嫁にしようと企んでいた私の計画が台無しです」
「ロバートって、稀に奇怪な事言い出すわよね」
引き攣り笑みで、彼女は煎茶を飲み干した。
父親と同じほどの年のこのコック、一見真面目に見えるが口から飛び出す言葉に度肝を抜かれることも多々有り。
「いえ、本気でした。
ですが・・・あぁ、お后様に瓜二つであることを願っていたのに。
毎食の料理を眺めて、危うく毒殺したくなるこの私の気持ち、解りますか」
「ごめん、全くわかりませんわー」
こんな朝から殺人未遂告白されても困る、彼女は不貞腐れてテーブルに倒れ込んでいる。
ロバートが、彼女の母親に惚れていた事は知っている。
「娘の誕生日パーティに、自分がちやほやされなくて拗ねて部屋に閉じ篭ったお母親が好きなのですわよね」
「えぇ、そんなお后様を追って娘の貴女様をほったらかし、二人で消えた王様の世話役ですが何か」
「生まれ立てのあたくしを可愛がってくれたお父様から、あたくしをもぎ取って窓から放り投げた嫉妬万歳のお母様が好きなのですわよね」
「えぇ、そんなお后様を大変可愛く思い、娘の貴女様をほったらかして二人で抱き合っていた王様の世話役ですが何か」
「・・・よくあたくし、生きてましたわよね」
「お后様の双子の姉上が貴女様を見事空中キャッチしましたからね、流石です」
「ロバート、喋らなければ結構素敵なオジサマですわよ」
「まだ私は43歳ですが」
「立派なオジサマですわー」
彼女は立ち上がると、今度こそ手を振って食堂を去る。
「お昼ご飯も宜しくですわー、ロバート」
「了解いたしました、トリカブトのスープに致しましょうか」
「死にますわよ、あたくし」
げんなり、廊下の壁にもたれかかる。
一息ついて、窓から外を眺めて物思いにふけると・・・小腹が減った気がした。
グーきゅるるるるるるるるるる・・・。
自分の腹の音で、目を覚ます。
そこは、布団の中だった。
マジョルカは目を擦りながらゆっくりと起き上がり、大きく手足を伸ばして欠伸。
「また、妙な夢を見てしまいましたわね・・・」
そう、夢だった。
稀に見るその夢、自分は何処かの城のお姫様という設定で、やたらとリアルなのだが・・・。
マジョルカは、首を鳴らして指を鳴らして空腹を耐える様にそっと右手で腹をさすると、服を着替える。
記憶喪失してから早数年、自分が何者かも知らないが特に不都合はなかったので、気にしていないが。
例えばそれは夢ではないのかもしれない、実際本当の話かもしれない。
だが、マジョルカには関係なかった、今が楽しければそれでよかったのだ。
今日で契約が切れるので次の街へ出向くのだが、そういう感傷的な日に限ってこんな夢を毎回見てしまう。
多分、前世だろうとマジョルカは思っていた。
旅が趣味のマジョルカは、行く先で住む込みとして宿に滞在する。
そうすれば旅費だけでどうにかなるものだ、三ヶ月置きに別の街へと移動していく。
食費も住み込みなので不要だし、客が来なければ散歩に出ても良い。
「おはようございますですわー」
夢までとは言わないが、ここの宿のパンはとてもふっくら焼いてあり美味。
パンとミルク、ゆで卵にポテトサラダが毎朝のメニューである。
「お世話になりました、とても楽しかったですわー」
「マジョルカちゃんがいなくなると、寂しくなるねぇ。
残飯を食べてくれていたから助かっていたのに」
「・・・嫌味ですの、それ?」
泣きながら宿の主人に見送られて、マジョルカは馬車乗り場へと向かう。
泣き顔が微妙に笑みだった気がするが、気のせいにしておいた。
「食費が浮くぞー!」と叫ばれたような気もしたが、気のせいにしておいた。
次の行き先は決まっていない、適当に馬車に乗って、適当な場所で下りて生活だ。
彼女の名前は、マジョルカ・S・マツシタ。
名前だけは憶えていたが、他は全く記憶が無い記憶喪失の娘。
いつから旅をしているのかも不明であったが、寂しくて泣く事は一切なかった。
「良き出逢いがありますように」
くすくす、笑って瞳を閉じ馬車に揺られる。
「あ、ごめんなさ~い」
「殺すぞ、このアマッ!」
のほほん、とした口調で弓を放って来たエルフに、引き攣りながらもドスを響かせた低音で威嚇する男。
男は木の前に立っていた、股間の下に突き刺さった矢、頭上に刺さった矢、右肩上に突き刺さった矢。
男に見事命中しているわけではない、後ろの木に三本とも突き刺さっている。
しかし、男の度肝を抜くのには十分だった、少しどれもずれていたら確実に刺さっている。
特に股間は考えただけでも恐ろしく、男は嫌な汗をだらだらと流して目の前のおろおろしているエルフに幾度も罵声を浴びせているのだ。
「大人しく捕まれやぁ、ゴラァ!」
「い~や~」
大きく身体を引き攣らせたエルフは、震える手で弓を構えると瞳を瞑ったまま放つ。
男の叫び声、今度は左肩上の木に見事突き刺さったらしい。
ある意味、弓の腕前は天才的かもしれないが、これではどうにもならない。
「バレンシア! 伏せて」
「え~? きゃ~」
よいしょ、バレンシアと呼ばれたエルフはゆっくりと屈む、腰が痛いのかなんなのか妙に年寄り臭い腰の運びだ。
後方から聴こえた声、目を瞑ったまま頭を抱えて何かが自分の頭上を通過したのを感じてから、恐る恐る立ち上がって男を見る。
ゴスッ
奇怪な鈍い音、顔を大きく変形させた男の目の前に紫の髪の少女。
男は口を大きく開き、瞳が飛び出しそうな勢いで宙を見ている。
「やぁ~、気持ち悪い~」
男を見て露骨に顔を顰めるとバレンシアはそう表現した、男はそのまま動かない、いや、微妙に痙攣しているか。
少女が振り返ると、満面の笑みを浮かべたまま手にトンファー。
「行きましょう、バレンシア。マジョルカを捜さないと」
「うん~、行こう、行こう」
のほほん、と返事。
近寄ってきた少女・アルメリアに嬉しそうに無邪気に微笑むと、弓を背に戻して二人は何事もなかったかのように立ち去った。
数分遅れて、男の絶叫が森に響き渡る。
アルメリアはトンファーを華麗に腰へと戻すと、耳を軽く押さえて男の悲鳴を聞き流していた。
面倒だったので、股間を潰したのだが煩いので失敗だったな、と顔を顰めつつ。
「バレンシア、私から離れないで。あなたの弓の腕前はあまり・・・信頼出来ないの」
「ごめんね~、離れないように、頑張る~」
超、スローテンポ。
アルメリアは慣れていたが、他人が聞いたら多少イラつく速度だった。
二人の少女はそのまま森を突き進む、友達を捜して。
何処に居るのか全く検討がつかないが、街に滞在しているはずなのだ。
実にアバウトな大捜索だが、捜さないと”始まらない”。
二人は森を歩く、エルフと、魔族と天空人の混血の少女。
見事な銀の長髪を揺らして、少年と青年の中間の男が鼻歌交じりに街を歩いている。
頭部から突き出た二本の角が、人間ではない亜種族であることを示していた。
「捜す、捜す、女の子×3」
父親に、捜してきて欲しいと頼まれたので、名前を聞いて旅に出た。
特徴は聞いたので、紙に書いておいた。
が、実はスタイン、紙を置いてきてしまっていた。
しかし、その事実に気づいていなかった。
憶えていることは、父親の知り合いの娘達三人が旅をしているので、捜して連れてきて欲しい。
・・・ということなのだが、彼女達、人間と、エルフと、魔族&天空人の混血・・・という三人組なのだ。
傍から見れば目立つだろうと、高をくくっていた。
茶髪と、紫髪と、空色髪、これでも目立つだろうし。
「何処にーいるのかな♪」
「ほんっとに、どこぞの貴族の娘じゃねぇんだな!?」
「ですからー、先程から申し上げているように、あたくし。お父様もお母様も知りませんわ、記憶喪失の旅人ですもの」
「だーっ! とんだ期待はずれだ」手首足首を縛られ、洞窟の奥深くに転がされているマジョルカ。
思わず溜息を吐くと、髪がさらさらと頬を伝い流れ落ちていく。
困ったことになった、眉間に皺を寄せて再度溜息。
馬車で旅立ったまではよかったのだが、途中で山賊に襲われた。
街の姿は見えていた、馬車内で『グリーンヒル』という街の名を聞き、早く到着して羽根を伸ばそうと思って居たのだが。
街への物品を運ぶ荷馬車だと思われたのか、最初から身代金狙いだったのか、山賊の標的になったようだ。
子供達に若い女達がこうして連れ去られた、男達は・・・知らない。
高飛車な態度に、一向に怯えを見せなかったマジョルカ、着ている服とて安くはないし口調が独特。
目立ちすぎて高額身代金要求リストの一番上に書かれてしまったが、両親が不在であることを山賊は知らなかった。「ややこしいんだよ、そんな偉そうな言葉遣いで」
「あら、失礼ですわね。どんな言葉で語ろうと勝手ですわよ。そもそも、貴方達こそ放蕩してないで真面目に働きになったら?」香りがマジョルカにまで漂ってくる豊潤なワインを呑みながら、山賊達は顔を引くつかせている。
「あたくし、放縦な旅生活を早く再開したいですわ。解放してちょうだい」
「人質の癖に、さっきからその態度はなんだお前はっ」グラスが粉砕し、洞窟内に響き渡る。
近辺に居た子供達が恐怖で泣き始めた、連鎖反応で女達が泣き喚く。
それでもマジョルカは慌てない、態度を変えることなく染み込んで行くワインを見ていた。「勿体無い・・・。食べ物は粗末にしてはいけないのですわ。太陽の恵みを浴びて育った果物、恩恵を忘れないで」
キッ、と睨みを利かせて山賊たちを見る、けれども実際逃げることなど出来ない。
けれどもマジョルカは思っていた。
・・・誰かが助けに来てくれるのではないか、と。
運だけは昔から良い、窮地に立たされても切り抜けられた。
なので、そのまま瞳を閉じてマジョルカは眠りに入る。
朝、起きたら。
もしくは次に目が覚めたら、きっと・・・。「ん、状況は変わってなかったですわ」
目が覚めたので、周囲を見渡したが山賊達は寝息を立てて眠りこけ、女子供はすすり泣いている。
眠る前と同じ状況だった、洞窟の中で手足は拘束され、山賊達に捕らわれたまま。
溜息、それでも慌てずに様子を探り始める。
武器は当然取り上げられたし、そもそも戦った事などない。
が、このままでは何処かへ売り飛ばされる勢いだ。
それはそれで次の土地へ移る事が出来るから、良いかとも思ったが。
だが、流石はマジョルカだった。
望外の助けが来たのである、偶然というか、必然というか。「やー、面白い遊びしてるのだ、ははははは」
不意に声が聴こえたと思えば、目の前に綺麗な銀髪を垂らし、屈んでこちらを見ている男が居る。
洞窟内なのでランプの明かりでしか姿を確認できないが、容姿端麗な雰囲気だ。「何してるのだー? 最近流行り、その遊び。はははははっ」
「遊んでないですわ。捕まってますのよ、その山賊に」
「んー・・・。暴圧的な方々なわけだね」
「暴圧といいますか、そうですけど、とにかく悪い山賊ですの。・・・って、あなた何処から来ましたの?」普通に会話しているが、普通洞窟の入口は山賊が見張っているのではないだろうか?
この男、何故ここにいるのか。
そして普通、会話していれば流石に・・・。「てめぇ、ナニモンだ!?」
案の定、山賊が目を覚まし武器を構えてマジョルカとその青年の周囲を取り囲んでいた。
肩を竦めてマジョルカは溜息、当然だろう。
平然と立ち上がると、小首傾げてぐるり、と山賊たちを見渡す。
妙な威圧感に山賊のほうが、尻込みして後退した。「ナニモノと言われても、スタイン・エシェゾーという名前だけど、それでいい? はははっ」
笑顔で背の大剣を無造作に引き抜く、引き抜きながら風圧で目の前の山賊が手にしていた棍棒を粉砕。
「君らに諂う道理はないし、先に攻撃を仕掛けたのは君達だからね、正統防衛なのだー。ははは」
笑顔。
頑丈な木で造られた棍棒が、まるで老いて枯れた木の枝のようにぼろぼろと床に崩れ去り、山賊から悲鳴が上がる。
我先にと、スタイン目掛けて手にしていた各々の武器で攻撃を開始。「辺地に出向いてみれば、いきなり攻撃されたー。時代の変遷って怖いのだ、昔はもっとみんな好意的だったのだー」
飛んで来た弓矢をどう弾くかと思えば、マントを掴んで弓矢から自分を覆い隠すだけ。
マントには穴すら、いや、傷すらつかずに弓矢が鉄に弾かれたかのように地面に落下。
剣で斬りかかって来た山賊は、大剣で数人まとめて薙ぎ払う。
見た目重量がありそうな剣を、細身の身体でやすやすと扱うスタインは、不似合いだった。「あまり俺らを蔑視しないことだなぁ、ヤサ男さんよ」
自信満々で現れた山賊の頭・・・と思しき人物と左右に小柄な老人が二人。
「万事休すだな、正義の味方。この二人の魔力には貴様とて・・・」
頭の言葉が言い終わらないうちに、平然とした態度で剣を地面に突き刺したスタイン。
そこから頭のほうへと地割れが進み、当然その周囲は不安定な足場に足をもつらせ倒れ込む。
地割れは激しく巨大な穴を開けて山賊たちを次々に飲み込んでいった、唖然と見つめるマジョルカ。「ん、噴飯ものの台詞をありがとなのだー、ははは」
「せ、台詞って言い切ってませんでしたわよ!? アナタ、酷いですわ」口篭りながらも反抗的な態度で見てきたマジョルカに、首を傾げたスタイン。
剣で縄を解いてやると、捕らわれていた女子供を次々に同じ様に解放する。
皆、早々に立ち上がると互いに身体を寄せ合いながら、必死に洞窟の出口を目指した。
ここに残って居ても仕方がないのでマジョルカも移動を開始する、先程の地割れも広がってきており危険だ。
スタインの姿はもう、何処にもなかった。
探してみたのだが、人影はない。
助けて貰えたのに、お礼を言えなかったことを悔やんだが、あれはやりすぎではないかとマジョルカは思ったのである。
街は目前だった、女子供達は分散することなく、寄り添い励ましあい、街を目指す。スタインは知らなかった。
自分が探している女の子の一人が、マジョルカであるということを。
まさか、三人が二組に分かれているなんて、スタインは思っていなかったのだ。
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