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「この洞窟狭いから、派手な呪文が使えないのよね。あぁ、面倒! 武器を大きく振り回す事も邪魔になるし、危ないし。・・・あー、もぉ、ホント面倒っ!」
マダーニがぶつぶつと小言を言いながら小剣を引き抜いた、呆れた様に吐き捨てたその言葉を待っていたかのように、ようやく敵の姿が見える。
予想はしていたが、蝙蝠だった。
洞窟に住み着く羽音の持ち主なんて、限定されるのだから当然だ。
数が多く、標的が小さい為苦戦を強いられるであろうことは必須、まして、戦闘初参加の勇者が三人居る。
「無理だと思ったら迷わず馬車に乗り込んでくれ!」
隣のダイキに叫びながら、ライアンが大剣を振り数匹の蝙蝠を風圧で叩き落す。
それでも耳障りな羽音をたてながら、圧し掛かる勢いで蝙蝠達は迫ってきた。
目晦まし程度で、マダーニ、ブジャタ、アーサーが火炎の呪文を唱えてみる、明るくして蝙蝠の行動を鈍らせる。
流石に火には近づきたくないのか、突進してきた蝙蝠に若干の乱れが生じた。
真似て、ケンイチ以外の勇者も必死に火炎の呪文を唱え始める。
傍に寄って来ないのなら、それに越した事はない、皆必死だ。
「血吸うよ、こいつらっ!」
唯一呪文が使えないケンイチが悲鳴に近い声を発して、右腕に噛み付いてきた蝙蝠を必死で振り払っていた。
標的になっているケンイチの護衛の為、左右のクラフトとブジャタが庇うように前に出る。
一度噛みつかれ、その血液の香りが空気中に混じり、他の蝙蝠達を誘き寄せている様子、ブジャタ1人の火炎の呪文では追いつかない。
舌打ちして駆け寄ってきたサマルトは、中級の火炎の呪文を詠唱し、巨大な火球を蝙蝠の大群へと投げつける。
焦げ落ちた蝙蝠もいたのだが、何匹かは燃えたまま宙を飛び交う。
「ぎゃー! あっつーっ!」
ミノルの叫び声、火達磨になった蝙蝠に突進されたらしく、軽い火傷を負ったようだ。
地面に落ちるまで飛び続ける火達磨蝙蝠、厄介である。
興奮して馬が暴れているのも、また輪をかけて厄介だった。
舌打ちしてマダーニが火達磨蝙蝠を叩き落していく、「これだから洞窟はっ」と苛立ちを隠さずがむしゃらに剣を振るった。
不意に、マダーニの耳元で何やら男の声が聞こえた・・・気がした。
『若くて可愛いお嬢さん方』
若くて可愛いお嬢さん方。
唇を動かし、復唱してみる。
マダーニに誰かがそう呟いたわけではない、言われた対象は?
脳裏に何故か消えた五人の少女達が浮かんだ、呆けて立ち止まるマダーニ。
わなわなと身体を小刻みに震わし、マダーニは歯軋りをする。
ギリギリ、と擦れる音が異様に大きく聞こえる、歯が折れるのではないか、というほどの力を込めて歯同士を擦り合わせているのだ。
消えたのは五人とも女の子、マダーニより若い女の子。
「ちょっとまてぇぇぇいっ!! 私は若くも可愛くもないっていうのかーっ!! 私はまだ19歳だーっ!!」
絶叫するマダーニ、皆が一斉に注目する。
なんとなく、何処かで誰かに侮辱された気がしてならないマダーニは、青筋立てながら両手に意識を集中させる。
空中に火花が散り始めた、アーサーとブジャタが血相変えて止めに走るのだが、どうも間に合わなかったらしい。
マダーニは両手を掲げると、大声で自棄を起こしながら呪文を発動させた。
そう、怒りに任せて、何も考える事無く勢いで。
「巡る鼓動、照らす紅き火、闇夜を切り裂き、灼熱の炎を絶える事無く。我の敵は目の前に、奈落の業火を呼び起こせ!」
「な、バカな!? 火炎の呪文の最上級!? そんなものこの場で唱えたらっ」
アーサーがマダーニに飛び掛り、背後から飛びつくのだが、豪快に振り払われてしまった。
他の皆には何故マダーニがこうも激怒しているのか、さっぱり解らないのだが、マダーニの逆鱗に触れたのは、何処かで誰かが呟いた言葉だった。
消えた五人の共通点は『若くて可愛い女の子』らしい。
自分がその中に含まれなかった事が、マダーニにとって最大の屈辱だった。
くくく・・・、と乾いた声で笑いながら、狂気の瞳でマダーニは呪文を完成させた。
「全てを灰に、跡形もなく燃え尽くせっ! 爆熱大火撃っ」
洞窟内に迸る眩しい閃光は、巨大に膨れ上がってマダーニの両手から洞窟内へと暴走するように飛び出していく。
「うわっ、本当に唱えたのですか!?」
珍しく慌てふためくアーサー、高く鳴く馬達の興奮を抑えるように指示を出し、自分はマダーニを止めに入る。
「あーっはっはっはっ! 燃えてしまえ、燃えてしまえっ! 私はまだ19歳で可愛い部類に入れると訂正しろーっ」
・・・何を言っているのか理解し難い、とアーサーは頭を抱えた、が、止めなければ空気の温度も上昇しているし酸素の確保が厳しくなる。
確かに蝙蝠は瞬時に灰になっていくのだが、敵を一掃出来てもこちらの身が危ない。
「オレに任せろ、アーサー」
「ライアン殿。・・・マダーニ殿に何があったのです?」
「よくわからないが、彼女の場合は・・・」
馬をクラフトとブジャタに任せ、ライアンはマダーニに近寄ると和やかにぽんぽん、と肩を叩く。
こちらにも呪文を唱えてきそうな勢いで振り向き、ギラついた瞳で睨むマダーニに、ライアンは怯む事無く笑顔で話しかけた。
「マダーニは、若くて可愛いし、綺麗だから安心しろ」
それだけ。
ただ、その言葉を聞いた瞬間にマダーニは露骨に嬉しそうに声を上げると、ライアンに飛びついてごろごろと擦り寄る。
唖然。
ブスブス、と燃えていく蝙蝠達を背に、潤んだ瞳でマダーニはライアンを見上げている。
「私、若くて可愛くて綺麗?」
「あぁ、誰よりも若くて可愛くて綺麗だよ」
「まっ♪ 嬉しいっ」
誰よりも若くて・・・というのには無理があると思いますがっ、とアーサーは心の中で突っ込みをしたがあえて口には出さなかった。
とりあえず、こんな解決の仕方は納得がいかないが蝙蝠達も一掃出来た事だし、消えた五人を捜しに行く事にする。
発狂の原因はなんだったのか、と尋ねられると、マダーニはむすっ、と不貞腐れながら口を閉じた。
もうこれ以上触れるな、ということらしい。
軽い火傷を負ったミノルと、蝙蝠に噛まれたケンイチの手当てをしてから、五人が消えた箇所を隈なく調べる。
特にこれといって不可解な様子は、全く見受けられない。
よって、仕掛けがあるわけではなく、何者かの術によって消えた可能性が高かった。
「進みながら、何か不審な場所がないか捜索しましょう。気を緩めずに」
アーサーの言葉に一同は深く頷き、ゆっくりと洞窟内を進んでいった。
『男の趣味が悪いなぁ。どうせ化けるなら美形な男に化けたいよな』
ミノルの耳に、聴いた事のない男の声が聞こえてきた。
その言葉が自分について言われているようで、思わず立ち止まって様子を伺う。
「悪かったなっ、美形じゃなくて!」
突然大声で叫んだミノルに、一同が怪訝に振り返った。
マダーニの次はミノルが、何かしらの幻聴によって精神に支障をきたしているようで。
「だ、大丈夫かミノル?」
ダイキに声をかけられ、ミノルは苛立ちながら壁を叩いた。
「なんか、何処かで誰かに自分の悪口を言われた気がした・・・」
「悪口?」
「俺を選ぶと趣味が悪くて、俺は美形じゃないんだとよ」
ぶはっ、と吹き出したダイキの隣でトモハルが「本当の事じゃないか」と淡々と呟く。
それにミノルは更に激怒し、その場で取っ組み合いを始めた。
そんなことしてる場合じゃないよっ、と必死で仲裁に入るケンイチだが、二人は止める気配がない。
地面に転がりながら、上の位置を取ろうと必死に二人とも攻防戦を繰り広げる。
「ぎゃーっ!? やめてくれーっっ!!」
急にミノルが顔面蒼白でそう叫んで顔を両手で覆い隠した、勢い余ってトモハルは一発殴ってしまう。
いきなりやめてくれ、って言われても・・・と苦笑いするトモハル。
右のストレートが容赦なくミノルの頬にヒットしたわけだが、ミノルは低く呻いただけでトモハルに構う事無く、両手を覆い隠したまま何やら喚いている。
「今度は何だ」
ライアンが苦笑いをしながら歩み寄り、ミノルを片手で引っ張り起こすと、無理やりミノルの両手をこじ開ける。
現れたミノルは、何故か茹で蛸のように真っ赤だった。
上手く言葉が口から出ないらしく、小刻みに身体を震わせて口を鯉のようにぱくぱくさせていた。
「落ち着け、一体どうした」
ライアンに肩を揺すられても全く反応しない、困り果ててライアンは首を竦める。
トモハルに殴られて反撃しないなんて尋常じゃないっ、と駆け寄るケンイチにもミノルは反応しない。
やがて、ミノルは荒い呼吸を繰り返しながら、咳き込み始めてしまった。
「だ、え、わ」
「は?」
ミノルがようやく声にならない声を発し、半泣きで縋る様にケンイチに助けを求める。
慌てて駆け寄るケンイチにダイキ、そしてトモハル。
口元に耳を寄せて、懸命に言葉を聞き取ろうとした。
「俺が、アサギを」
「ミノルが、アサギを!?」
「俺が、アサギを、押し倒してるっ」
「ミノルが、アサギを、押し倒してる!? ・・・えー!?」
聞き取った言葉をケンイチが発してから、絶叫。
聴き終えたミノルもダイキもトモハルも、絶叫。
「解りやすく説明しろっ、どうしたんだ!?」
「な、なんか今、俺の偽者が、アサギを押し倒してるんだよっ」
「えー!? えー!?」
ミノルには、どうやらアサギとクーバーの映像が脳に流れ込んできた様だ。
自分で言ってから恥ずかしさのあまり、大声で喚くミノル。
唖然とアーサーとクラフトが、ミノルの様子を見つめいてる。
「どういうことだと思います?」
「・・・彼のいう事が真実ならば、アサギが危ないということです。敵に捕まっている可能性が。急ぎましょう、こんなところでくだらない事に時間を割いている余裕はありません」
馬車を連れて先を急ぐアーサーの後を、慌てて皆追った。
ミノルだけが、悶絶を繰り返しながら遅れて歩く。
彼らは知らなかったが、現在この真下に造られた部屋に、アサギとクーバーとトビィが居たのだ。
その頃、アサギが消えてしまった故に慌てていた『若くて可愛い女の子』チーム。
純白の部屋を隅から隅まで走り回り、何か手がかりを捜した。
吸血鬼と名乗った敵に攫われたアサギ、泣きじゃくるユキの手を引いてムーンは目で見えるものではなく、微かな空気の乱れ、魔力の鼓動を探していた。
「ミシアさん! この位置を!」
何か見つけたらしく、ムーンは自分と同等の魔力を感じるミシアを呼ぶ。
駆け寄ったミシアに、何の変哲もない壁を指し示した。
手を壁に当て、継ぎ目がないか捜してみるが、もちろん何もない。
けれども両手を壁につけて瞳を閉じ、魔力を注ぎ込むと、確かに何かを感じる。
「この位置、何かあるわ。ムーンさん、一緒に魔力を解除してみましょう」
「はいっ」
ユキをアリナに任せ、二人は同時に瞳を閉じると壁に手を当てて神経を集中させる。
冷たい壁の向こう側に、光が見える。
額に汗を浮かべながら懸命に二人は念じ続けた。
パキン、音が何処かで聞こえ、それまで見えなかった扉が浮かび上がる。
歓声を上げる二人、拍手するアリナ。
「アサギちゃんは、アサギちゃんは!?」
「大丈夫、さ、捜しに行こう!」
徐々に現れる扉、ノブが自分達の頭よりも高い位置にあった為、アリナがムーンを肩車し扉を開けさせる。
宙に浮かぶドアの先へとアリナが皆を肩車で運んだ。
異性もいないことであるし、この際スカートがどうとか、足を広げてよじ登ろうが関係ない。
ムーンが進み、ミシアが進み、ユキが進み終えるとアリナはその場で軽くジャンプを繰り返すと、徐々に後ろへと下がっていった。
ターン、ターン、小気味良いリズミカルな音、アリナは息を大きく吸い込むとそのまま全力で駆け出し、扉目掛けて大きく跳躍した。
地面を力強く踏み込んで、扉の中へと転がり込む。
成功♪ にっこりと余裕の笑みを浮かべるアリナに、ユキが手を差し伸べて笑った。
扉の先は階段があった、四人は大きく頷くとアリナを先頭にして階段を上る。
行き止まりだったが、それもムーンとミシアが二人掛りで魔力を注ぎ込み再び幻覚を打ち破った。
先はあの敵の住処か、それとも別の場所なのか。
勢いよくドアを蹴り上げてアリナが飛び出ると、そこは。
「ありゃ?」
微かな炎の揺らめき、洞窟へと戻ってきたようだ。
地面に焦げたものが大量に転がっている、何かの死骸らしい。
四人は、右へ行くべきか左へ行くべきか解らず、その場で立ち止まる。
「一方通行ですから、どちらかに行けばジェノヴァ、どちらががクリストバル。考えている暇などありませんし、進みましょう」
「そうだね、クリストバルに出れば引き返せばいい。でも、アサギが心配だから道は間違えたくないな。ボクは右だと思うんだ」
「根拠は?」
「地面に落ちてる焦げた死骸、これが右側のほうが多い。右から敵が来た可能性の方が高いだろ?」
「・・・なるほど、進む先から敵が来たのほうが、しっくりきますね。・・・右へ行きましょう」
四人は早足で右へと洞窟を進んだ。
何が現れてもいいように、逸れないように、速度は落ちるが手を繋いで横一列で歩く。
やがて、別の足音が聞こえ始めたのでアリナが焦って皆を引き摺り駆け出した。
「あ、みんなだ!」
「あぁっ、お嬢! そして皆さんっ! よくぞご無事でっ」
離れ離れになっていた一行は、洞窟内で再会した・・・一人を除いて。
「あとは、アサギだけですね」
アーサーの投げかけに、皆が神妙に頷く。
もうすぐ出口らしく、先程から前から空気が流れてきている。
「この洞窟は、幻覚で造られています。魔力で探り当てていけば、別の空間を発見できます。アサギはそこにいるのでしょう。やってみましょう」
ムーンの意見に魔力を使える者達が賛同し、バラバラと洞窟内に散って行った。
勇者が1人行方不明、彼女が居ないと意味がない。
勇者達も1人欠けた五人で、揃って見様見真似で魔力を集中させて何かを探す。
アサギが、いない。
アサギを、捜さねば。
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