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一気に疲労、ばたーん!
外伝4の主要キャラを詰め込んでみましたー。
上の段、左から
リュイ(あんまし存在感が・・・)=三河亮(リョウ)
トライ=トビィ
トレベレス=トランシス
ベルガー=ベルーガ(一応本編だと上位五位に入ってしまう人)
下の段が
アイラ=アサギ
マロー=マビル
ミノリ=ミノル
トモハラ=トモハル
絵を描くのに疲れましたー、ごろごーろ。
「お姉様、私、トレベレス様とベルガー様と遊んでくるからお勉強、やっておいて欲しいの」
王子達が滞在して、数日。
すっかり懐いて王子達から片時も離れないマローは、アイラの目の前に大量のノートを差し出して微笑んだ。
可愛い可愛いと持て囃され、我侭言えどもすぐに何かが出てくる。
国にはなかった珍しいものも、毎日のように届けられて遊びに飽きが来ない。
毎日の習い事や勉強も疎かに、字体は似ているので可能なものはアイラに押し付ることにしたのだ。
王子達との遊びは其れほどまでにマローを虜にし、何よりトレベレスと会話するのが楽しみだったマロー。
朝早く会いに行って、一日何度もドレスを着替え。
夜遅くまで一緒なのは、アイラも知っていた。
「でも、マロー。少しはやっておかないと・・・」
「いいの、私。可愛いから」
にっこりと嬉しそうに微笑むと、ドアを開いて飛び出していく。
軽い溜息、アイラは一人机に向かうとマローが溜め込んだ勉強を片付け始めた。
部屋の外で待機しているミノリの前を、トライが通り過ぎる。
あからさまに眉を顰めたが、気にすることなくトライはノックをして部屋に入っていった。
流石に騎士といえども、ミノリは入ることが出来ない。
アイラの叫び声でも上がれば話は別だが、ミノリはドアの前で控えている他の召使達の前を何度も往復。
声を聞き取ろうと必死に壁に近づくが、聴こえない。
一気に身体中から汗が吹き出した、胸の鼓動が速く、思わず唇を噛み締める。
室内ではトライがアイラの近くの椅子に座り、勉強している様子を見ていた。
「・・・妹姫は遊んでいるが、アイラ姫は?」
率直に思った事を口にしたトライに、アイラは小さく笑ってこう答える。
「マローと違って出来が悪いので、たくさん勉強をしないと国の為にならないのです」
「へぇ・・・? 終わったら外で散歩出来ないだろうか。・・・見せたいものがある」
「? 見せたいものですか?」
「あぁ。・・・手伝おうか?」
立ち上がってアイラの隣に、目線を同じに机に目を落とせば。
トライは瞳を細めた、出来が悪いという割には進みは速いし解答とて、間違いはない。
量が、多すぎるのだ、だから幾らアイラが優秀でも終わらない。
「これ・・・アイラ姫のすべき事なのか?」
「えぇ、私の勉強です」
「マロー姫は何故遊んでいる?」
「あの子は、こんな勉強など終わらせて。遊んでいるのですよ」
嘘だ、とトライは思ったがそれ以上追求しなかった。
ふと、窓から顔を覗かせれば外でマロー姫はダンスの練習だ。
黙々と一人で勉強するアイラ、なんとなく二人の関係がわかってきたトライ。
部屋に届けられた紅茶を飲みながら、久し振りに身体を動かさず休養出来ている時間が取れたトライは、知らずアイラを見つめながらソファで居眠りを。
待たせてあるので、必死にアイラもマローから受け取った勉強をこなしていく。
が、相当溜め込んでいたらしく、終わらない。
アイラ自身に与えられたものもあったが、そこまで手をつけていてはトライに申し訳がなかったので、アイラは途中で諦めた。
なんとか、マローの分は終わらせた、転寝していたトライを揺すって起こすと照れたように笑みを浮かべる。
「お待たせいたしました、終わりました」
「ん・・・あぁ、悪かったな眠ってしまって。・・・この部屋は心地良い香りがする、な。思わず身体中の力を抜いてしまうよ」
「窓辺に吊るしておいた、ラベンダーのドライフラワーのおかげかもしれませんね。・・・ところで、見せたいものって何でしょう?」
気だるそうに起き上がったトライに、心なしか弾んで問いかけたアイラ。
憶えていてくれた事が嬉しかったトライは、軽く頷くと髪を撫でて手を取ると部屋を出る。
無論、部屋を出ればミノリも険しい顔つきで後を追う。
トライは馬小屋へとアイラを連れて行くと、馬を二頭、呼んで来た。
馬を見たことがなかったアイラは、非常に物珍しそうに多少怖がって遠目に見ている。
傍らに居たミノリに、そっと耳打ちを。
「ミノリ、あれは、馬で合ってる?」
「はい、馬です。・・・アイラ様は見るのは初めてですか?」
「本でなら、見たことがあるけれど実物は初めて。・・・想像より、大きい。噛まない?」
「人間より、速く走ります。噛む事はないと思いますが、不用意に後ろに立つと蹴られる恐れがありますので、お近づきになる時は御気をつけ下さい」
話かけられ、質問されて、大なり小なり自分が頼って貰えた事に胸を躍らせ、懸命に丁寧な言葉遣いでミノリは返答。
大きく頷きながら話を聞いてくれているアイラに、非常に好感を抱き、頬を赤く染めて震える声で話し続ける。
些細な事だが、ミノリにとっては思い出に残る一コマである。
「ミノリは、物知りなんだね」
「・・・いえ」
貴女が知らなさ過ぎるのです、と思わず言葉が出掛けたが慌てて言葉を飲み込んだ。
「アイラ、紹介しよう。クレシダとデズデモーナだ。二頭とも、非常に賢い馬でね、俺のお気に入りなんだ。遠乗りにでも行かないか、良い森が近辺にあることだし」
遠乗り、と聞いて思わずミノリは身構えたがそんなミノリとは裏腹に、アイラは嬉しそうに手を叩いている。
「馬に、乗ったことがないのです。ミノリ、貴方は乗れる?」
「え、まぁ、適度に」
一瞬、アイラを乗せて二人で馬に乗って野を駆け巡る風景を想像し、思わず口元が緩んでしまったミノリだが、爽やかにトライが一言。
「デズデモーナは利巧で大人しいから、すぐに乗りこなせるだろう。やってごらん」
瞬間、トライと視線が交差したミノリは思わず唇を噛む。
冷めた視線でこちらを見ていたトライには、当然ミノリの感情など手に取るように解っていた。
それは自分の役だ、とでも言いたそうなトライに、手を固く握り締めるミノリ。
トライに導かれ、漆黒の馬がアイラの前に連れて来られた。
一人では乗られなかったので、トライに乗せてもらい手綱を握り締める。
初めて高い視線で外を見た、それだけで、見慣れた風景が変わる。
「よろしくね、デズデモーナ」
不安定な場所で、おそるおそる馬に話しかけてみた。
頭を撫でながら、懸命に語りかけているとなんとなくだが・・・デズデモーナが頷いたようで。
アイラは緊張で胸を押さえつつ、静かに姿勢を正して深呼吸を。
ミノリに見守られる中、クレシダに跨ったトライについてゆっくりとデズデモーナは動き出す。
小さな悲鳴を上げたアイラだが、数分も走り回ればすっかり気に入ったらしく、無我夢中で庭を駆け巡る。
そんな様子を見て満足そうに頷いたトライは、アイラと共に森へと遠乗りに出掛けた。
護衛で後方から馬に乗り、ミノリ達も追いかけたのだがアイラは常に歓声を上げながら始終笑顔。
何も心配することなど、なかったようだ。
日が暮れた頃、遊び尽くして風で乱れた髪をかき上げながらアイラは名残惜しそうにデズデモーナを撫でながら戻ってくる。
デスデモーナもアイラが気に入ったのだろう、トライはこう切り出した。
「アイラに差し上げよう。懐いているし、大事に扱ってくれそうだ」
「え、本当ですか!?」
「世話の仕方を教えようか。・・・一人で出来るか? こういうことはやはり他人に任せるより、馬が信頼している人物が行ったほうが良い」
「頑張りますっ」
姫は普通、馬の世話などしない。
だが、トライはアイラならきちんとこなすだろう、と思ったので提案した。
アイラの場合、姫という立場を特に重要視していない娘なので例えば友人のように、妹のように扱ったほうが笑ってくれる事も理解したトライ。
壁を作って恭しく語るよりも、気楽に平素の自分で対話したほうが、アイラも肩の力を抜いて応えてくれるのだ。
馬で今日のように遠乗りに何度も出掛けられるのなら、それ以上に楽しい事はない。
そしてデズデモーナという馬に、絶対の信頼をしていたトライなのでアイラの事を任せてみる気にもなった。
自分がアイラの傍に居ない時も、馬のデズデモーナならば居られるだろう。
瞳を輝かせて、デズデモーナの首にしがみ付くアイラを見て、微笑するトライ。
その傍らでミノリは慌てたが、自分も一緒に説明を聞けば良いのだし、またアイラに頼って貰えるかもしれないと思ったので賛同した。
本音は「危ないです」なのだが、嬉しそうなアイラの表情を見ていては止める気が起こらない。
アイラは当然、乗り気だった。
他の者達は、マローであるならば止めただろうが、アイラだったので誰も反対しなかった。
一国の姫が、馬の世話をする。
・・・常識的には、起こり得ない事だが。
アイラは嬉しそうに、そして真剣にトライの話に聞き入る。
後方でミノリも同じく頷きながら聞いた、責任は重大だと、自分で言い聞かせて。
「数日は、共に世話の仕方を。・・・今日はもうお休み、アイラ」
「はい、ありがとうございますっ」
アイラの髪を撫でながら、そっと耳打ちするトライにくすぐったそうに笑うアイラの表情は、以前大人しくというより暗い雰囲気の彼女とは別物だ。
笑い声のトーンが、高くなった。
ふっ、と優しそうな瞳で笑う事が多くなった。
マローのように華やかに笑いながら、廊下を走ることも増えた。
「ミノリ、一緒によろしくね」
「あ、はい・・・」
振り返り、手を握られ真っ直ぐな瞳で下から見上げられつつ微笑まれたミノリは、思わず赤面すると裏返った声で返答を。
そして、気づき始めた。
アイラの近辺に居た騎士達だけが、気づき始めた。
『呪いの、姫君』
災いを呼ぶ子を産み落とす、定められた運命の姫君。
産まれた子は、その国を滅亡させてしまう。
すでに視えた未来であるならば、元凶を消せば良いのだが母親を殺した時点でその国が滅亡する。
未来を知り得た土の国は、呪いの姫君を他国へ嫁がせ、そこで子を孕んでもらうしかなく。
もしくは、呪いの姫君を他国の者に殺してもらうしかなく。
呪いの姫君は、災厄の子を産み落とす為ならば手段を選ばず。
例えば甘美な声で、魅惑の表情で、容姿全てを武器として男を翻弄するだろう。
土の国の男は、呪いの姫君に近寄ってはならない。
流れ出ていた噂を、騎士達は鼻で笑っていた。
幼い頃から、姫君が産まれ出た時から両親から聞かされていた話だ。
誰がそんな恐ろしい子の父親になるものか、と。
母親もどれ程の美人か知らないが、誰も好き好んで近づきはしない、と。
「お疲れ様でした。今日は、本当にありがとうございました。・・・とても、楽しかったです」
姫が、騎士達に深く頭を下げて礼を言った。
上げた顔は、余程嬉しく興奮していたのか頬が上気し、瞳は潤み、夕日の光を背にアイラはそこで静かに微笑む。
皆が、息を同時に飲んだ。
そして同時に思ったのだ。
『本当に、この姫君は呪いの子を産む姫君なのか』
・・・そう、思った。
一人の騎士が、頭を振って今の疑惑を消し去ろうとした。
これが”男を翻弄し呪いの子を産むという姫君”なのだと言い聞かせるように。
一人の騎士は、呆然とその場に立ち尽くし、跪いて忠誠を誓おうとした。
この、人々から蔑まれて産まれて来たけれども、人を癒してしまう姫君を護りたいと願ったのだ。
一人の騎士は、唇を噛んで眩暈から逃れようとした。
呪いの子が産まれたとしても、この目の前の姫君を”抱きたい”と、思ってしまった。
ミノリは、硬直したままで、動けずにいた。
金縛りにでもあったかのように、アイラから目が離せずに呼吸さえも忘れるように。
アイラが、この国の女王になれば良いのに、と思った。
その傍らで自分は騎士団長として生涯を遂げたいと、そう思った。
もしくは、もし本当に呪いの姫君として他国に嫁がせられるくらいならば、その途中で攫って二人で暮らそうと。
・・・ミノリは神々しいとさえ感じるアイラに、そう思った。
その晩、騎士達は食卓で僅かな酒を皆で呑んだ。
皆、今日感じた事を口にしようとしたのだが、思い止まって言えなかった。
思って居る事は皆同じ、しかし、誰一人として、言わなかった。
『アイラ姫は、本当に呪いの子を産むのか。・・・間違いではないのか』
日に日に、アイラについた騎士達の疑問は膨れ上がる。
立ち振る舞い、仕草、動作、全てが尊いものに思えて。
何より、下の者に対する気遣いが騎士達を喜ばせた。
感謝の言葉を忘れない、気遣って語りかけてきてくれる。
何より、ふとした時に見つめたその先の表情が微かに憂いを帯びつつも威厳に溢れている気がして。
そんな騎士達の移り変わりに反応したのは、トライだった。
舌打ちし、騎士達に睨みを利かせ一人一人の名を覚えていた、無意識に。
「・・・気づくのが、遅いんだお前等」
冷めた瞳で騎士達を見渡し、トライは微かに喉の奥で笑う。
数日後、姫君の教師が出した課題を見て嘆きの溜息と金切り声を発した。
「アイラ様! マロー様はこうしてきちんとこなされているのに、どうして出来ないのですか!?
・・・マロー様は、トレベレス様とベルガー様がお待ちですしダンスの練習もありますから、もう良いですよ。
アイラ様、聞けば馬の世話を開始されたとか・・・。よくもまぁ、課題をほったらかして遊んでおられたものですねぇ?」
マローは、ノートを見て慌てて教師を止めようとした。
アイラは、マローの分を終わらせたのだが馬の世話が楽しくて自分の分を半分しか終わらせてなかったのである。
反論しようとしたマローを、アイラが右手で制した。
「行きなさい、マロー。トレベレス様とベルガー様がお待ちなのでしょう」
「で、でもっ」
「大丈夫ですから、お行きなさい」
「あぅ・・・」
堂々と、マローの前に立ち妹を促したアイラ。
マローにとて解った、自分が全部被る気だと。
やっていないのはマローだが、身代わりとなってくれるのだと。
マローは、申し訳なさそうに、胸を押さえながら逃げるように部屋を飛び出していく。
外に居たトモハラと軽くぶつかってしまった、忌々しそうに突き飛ばし、マローは走っていく。
当然トモハラもそれを追いかけた、なんだか困っているようで、泣いているようで。
・・・何か言いたそうだったからだ。
「全く・・・。マロー様を見習って頂きたいですわ」
「ごめんなさい、次からは頑張ります」
「今とて、マロー様はアイラ様を擁護しようとしてらっしゃいましたね。本当に、女王となるべき優しいお方ですこと。それに比べて・・・」
「ごめんなさい、マローのように上手く出来ませんが努力します」
凛とした声で、きちんと詫びるアイラに教師は些か腹を立てた。
姫といえども、ゆくゆくは他国へ嫁がせる出来そこないの姫君なのだから多少侮蔑しても、問題はないと思って居た。
真っ直ぐに瞳を見てくるアイラに、何故か後退りをした教師は、その自分の態度が気に入らなくて矛先をアイラへ向ける。
「マロー様のように出来るわけがないでしょうに! ・・・ともかく、きちんと課題をこなすように!
・・・あぁ本当に腹立たしい姫君であることっ。何の役にも立たないだなんて」
「それは聞き捨てならない台詞だな。たかが教師の分際で」
ドアが、喧しく開かれ、飛び上がって驚いた教師が振り返り見たものは、トライの姿。
凍りつくような視線と、冷徹な声、トライの通常の声を知らない者が聞いたとしても”憤慨している”様子である。
トライはそのままアイラの正面に出ると、細い瞳を更に細めて教師を睨み付けた。
「・・・情けなくて何も言えないが。・・・土の国の者達はどうしてこうも無様なのが多いのか疑問だ。アイラはきちんと勉強していた、何も問題はない。・・・俺の国だったらお前は解雇どころか極刑だ」
肩を竦め、多少おどけたような素振りを見せているが蛇に睨まれた蛙のように、教師は顔面蒼白で立ち尽くしている。
異様なまでの殺気に、身体が動かない。
なんの気苦労もしていない美形の王子だと思っていたのだが、そうではない気がしてくる。
確かに、境遇は良いものではないがそれにしても、人を圧倒するこの身体を麻痺させる威圧感は何なのか。
「トライ様、あの、我国の皆は無様ではありません・・・。訂正してください」
トライの服を軽く引っ張り、アイラは控えめにそう告げると一歩前に出て教師に頭を下げた。
「とにかく、デズデモーナの世話が終わったら、きちんと課題を終わらせますから。もう少し時間を下さい、お願いします」
背筋を伸ばし、凛とした声でそう告げたアイラに微笑したトライ、変わらず教師を睨み付けてはいたが、アイラにだけ見せる笑みは途轍もなく甘くて優しく。
教師は、アイラのその真っ直ぐで脅えのない態度に軽く唇を噛み締めると、そのまま勢い良く部屋を飛び出していった。
捨て台詞付きで。
「・・・呪いの姫君のくせに・・・!」
小声で、聞こえないように言ったつもりだったようだが、それを聞き取ってしまったアイラ。
ゆっくりと振り返り、教師の後ろ姿を見送りながら軽く腕を組んで首を傾げた。
沈黙、上から見ていたトライはそのアイラの表情を見つめ、姫君自身が”噂”を知らないことに気づいた。
何も聞かされていないらしい。
アイラは静かに溜息を吐くとトライに向き直ると、苦笑いして一礼を。
「申し訳ありません、お見苦しいところを」
「いや、オレが勝手に入ってきたのだから気遣いは無用だ」
その件に関して訊ねられたら教えることとし、トライは軽くアイラの肩を叩くと右手を取り甲に口付けを。
「デズデモーナの世話ならば今日くらい、オレが終わらせておこう。アイラはここで早急に終わらせるべきだ」
「ですが、デズデモーナと意思の疎通を図る為には、毎日自分で世話をしたいのです。頂いた、大事な馬です」
アイラの言う事も尤もだ、だが、完璧に終わらせて先程の教師を黙らせてみたいトライ。
軽くアイラの頭を撫でると、無理やり抱き抱えて席に座らせる。
不服そうなアイラの頭を再度撫でると、耳元で「頑張れ」とだけ告げてトライは部屋を後にした。
仕方なく、アイラはペンを手に取る。
本当は今すぐにでもデズデモーナの元へと行きたいのだが、必死に堪えてペンを動かした。
数日後、教師を黙らせる事に成功したアイラとトライは、気兼ねなく毎日遠乗りに出掛ける事となる。
無論、後方に騎士数名がお伴としてついてきていたが、二人の仲は急激に縮まった。
アイラもすっかりトライに心を許したようで、トライの持ち物に興味を持つようになる。
それが気に入らなくてミノリは唇を尖らせてトライを見ていたのだが、ある日庭にて。
いい加減ミノリの視線が邪魔に思えていたトライは、名指しでミノリを皆の前で呼びつけた。
「丁度良い、最近剣の相手がいなくてね。お前、騎士だろ、アイラ姫付きの。如何程のものか知りたいから・・・剣、抜いてみろ」
「お言葉ですが、一国の王子に剣を向けたら首が飛びますので、辞退します」
「気にするな、オレの指示だ。それに安心しろ、何かあるのはお前のほうだから」
薄く微笑したトライ、思わず頭に血が上ったミノリは無意識で剣の束に手をかけた。
軽く歯軋り、トライを睨みつけていたのだが、トライが自慢の剣を抜けば、ミノリもようやく本能のまま腰の剣を引き抜く。
他の騎士がミノリに軽く耳打ちをした「相手は金持ちの道楽王子、全力で斬りかかってしまえ」と。
流石に何かあってはミノリの立場が悪くなるが、皆、アイラから片時も離れないこの王子を疎ましく思っていたので好都合だったのだろう。
被害を被るのは自分ではなくミノリなので、皆言いたい放題である。
「あの。・・・危ない事はしてはいけません」
一発触発の二人の間にアイラが割って入ってきた、思わず肩の力を抜くミノリと、苦笑いするトライ。
「危なくない。寧ろ、危険が迫ったときにどう切り抜けるかの練習だ。率先してやるべきことだよアイラ姫」
「なら、私にもそれを教えてくださいな」
笑顔で堂々とそう告げたアイラ。
皆、一斉に素っ頓狂な声を出し、きょとん、としているアイラを見つめる。
額を押さえてどう説明すべきか悩んでいるトライ、ミノリは剣を収めるとアイラの前に跪いた。
「アイラ様が危機に直面しない為に、我らが剣の腕を磨くのです。アイラ様には必要のないものですよ。それに、普通姫様は剣を持ちません」
「ミノリの言う通りです、姫様は剣ではなく、花をお持ち下さい」
騎士達も同じ様に跪いたが、アイラは眉を潜めて無言のまま。
暫しの沈黙の後、跪いている騎士達と目線を合わせるべく地面にしゃがみ込む。
「では、貴方達が危機に直面した場合は、誰がそこから救うの?」
「そういう仕事です、危機に直面しても、命を貴女様に捧げる職業です」
慌ててアイラを立たせると、ミノリは再び跪いたが同じ様にアイラは地面にしゃがみ込んだ。
ドレスが、汚れる。
が、お構いなしだ。
「貴方達が危機に直面しないように、私達が居るのではないの? 上は、下を護るものです。王族は自分達の為に働いてくれる家臣や騎士、そして町の人々を護る義務があります。・・・ので、剣を教えてくださいな」
陽の光が、アイラの髪に降り注がれ、新緑の瑞々しい思わず触れて口にしたくなるような色合いに。
深い瞳の緑は吸いこまれてしまいそうなほど、魅惑的で。
何より、そんな台詞を一国の姫君から聞くことになるとは思わず、全員息を飲んだ。
「いえ、ですから」
「剣を、教えて、くださいな、ミノリ。トライ様」
頬杖ついて、にっこりと明るく笑ったアイラに、もはや誰も反論出来ず。
慌てて騎士達は刃物ではなく、軽い木刀を取りに城へと戻った。
くすくす笑いながら、アイラはトライの剣を眺めている。
「・・・面白すぎる。全く予測不能な行動をとるな、アイラ」
「そうですか? だって、剣は人を傷つける為ではなくて護る為にあるのだと本で読みました。ならば、私は習わなければいけません。それに、行く行くはマローがこの国を治めますが、あの子を護るのも私の役目ですし」
愉快そうに微笑みながら、アイラは庭で裸足になるとドレスを摘んで、くるくる廻る。
戻ってきた騎士達に、トライは視線はアイラのまま、こう呟いた。
「あれが。あそこまで下の者の事を考えている娘が。・・・お前達は呪いの姫君だと言っているのだな」
騎士達の返答はない、トライは黙って続ける。
「お前達は、違うようだが。悪いな、オレはどうしてもあの姫を持ち帰りたい。こんな城に閉じ込めておくより、我が国で自由気ままに過ごしたほうが彼女の為だ。希望者は、彼女の護衛として我が国への来訪を許す。考えておいてくれ、オレは近いうちに彼女を必ず連れ帰るから」
「・・・本当に、アイラ姫が宿したお子が災いの子であるならば?」
一人の騎士が、皆を代表してなのか個人的になのか、問いを投げかけた。
トライは喉の奥で笑うと、マントを翻し、ようやく騎士達に視線を向ける。
「有り得ない。そんな未来は、こない。我が国は栄華を誇るだろう。何より、オレは彼女を愛しているだけから、正直そんなことはどうでも良い」
それは、自信過剰で嫌味な発言だったかもしれない、しかし、呪いの姫君と噂を知りながらも、アイラの傍らに居続け、そう言い切ったこの他国の王子に騎士達は。
思わず、敬礼したのだった。
この王子、容姿が同姓から観ても完璧過ぎて好きになれ切れないのは確かだ、だがアイラのことを見る目は間違いない。
そして皆決意した、この王子について行き、アイラ姫を護りぬく事を。
そのほうが、今の騎士という職業に遣り甲斐が持てそうだった。
何より、アイラ姫の傍に居られる。
ただ、ミノリだけは、どうしても。
どうしてもトライに対して、素直に言葉を受け入れられずに唇を噛締めて俯いたまま。
好条件だった、それは間違いないのだ。
現状、アイラは自分達守護騎士以外からは迫害されているような待遇である。
王子達が訪れてようやく部屋から出られたものの、今までは押し込められて自由に行動出来なかった。
それが放たれるのだ、小鳥は籠から飛び出し、大空を自由に舞うだろう。
けれども、どうしても。
トライとアイラが似合いの二人だとしても、ミノリには、素直に祝福出来ない。
トライに、剣の稽古をつけてもらい始めたアイラを見つめながら、複雑な心境でミノリは二人を見つめていた。
美男美女、姫と王子、土と水を加護にもつ二人ならば、潤いの国を治められそうだ。
しかし、やはり。
二人を見ていると、笑うアイラを見ていると、胸が痛い。
アイラの瞳に映るのは、トライばかりだ。
「・・・オレも王子だったらよかったのに」
ただのなり上がりの騎士では、王子には勝てない。
ミノリは俯き加減で、そっと、アイラを見ていることしか出来なかった。
アイラが剣の稽古を始めたという噂は、瞬く間に城内に広まった。
当然、影では「野蛮だ」「呪いの姫君は戦争を仕掛ける気なのだ」と、皆口々に呟いている。
忌々しそうにそれをミノリは聞き流し、今日もアイラの守護をすべく部屋の前へと。
部屋の中から、マローが飛び出してきたので慌てて避ければ、その後をトモハラが追いかけていく。
「ミノリ、少し時間ある?」
ひょい、っと部屋から顔を出したアイラに思わず悲鳴を上げそうになったミノリは、無我夢中で無言で頷いた。
アイラは安堵し、手招きして部屋へと呼び込む。
流石に部屋に一人で侵入するのは初めてなので、大きく息を吸い込みミノリは震える身体で部屋に脚を踏み入れた。
「あのクローゼットの上にね、手が届かないので取って欲しいのです」
言われるがままに、ミノリはアイラが指した箱を取ると、微かに被った埃を払ってアイラに手渡した。
ありがとう、と嬉しそうに至近距離で言われたので思わず赤面。
暫し硬直し、アイラを見ていたミノリだが裏返った声で、思わず口から言葉が飛び出す。
「トライ王子はお好きですか?」
きょとん、として振り返ったアイラ、しまった、と顔を顰めたミノリの予感は的中した。
うっすらと頬を紅く染めて、小さく頷いたアイラを見て、足元の床が崩れたかのように。
けれども。
「好きですよ。とてもお優しくて、気を遣ってくださるし。それに、周囲に気配りもしてらっしゃいますよね。ミノリも好きですよ、いつも見ていてくれて助かっています」
大きな瞳を数回瞬き、可憐な唇から零れた言葉は『好き』。
ミノリは耳を疑った、一瞬何を言われたのか解らなかった。
アイラの好きが『異性に感じる好き』・・・つまり、恋愛対象ではないとは解ったのだが、それでも嬉しいものは嬉しい。
思わずミノリは口元を押さえた、歓喜の悲鳴を上げそうだったからだ。
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