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扉を見つけて歩み寄る、それしか他に進む道はない。
扉の前には一人の男が突っ立っており、訝しげにアサギは近寄る。
罠かもしれない、とっさにそんな考えが脳裏を過ぎり、武器を持つ手に力を込めた。
『ああ、家が燃えてしまった……』
生気を失い、今にも倒れそうなその男、アサギは慌てて駆け寄り、顔を覗き込む。
罠なのかもしれないが、彼の様子を見てしまっては心配しないわけには行かない。
同じようにここへ連れて来られた人かもしれないから。
「燃えてしまった、のですか・・・?お怪我は?一緒に住んでいた方は? 大事なモノも家にあったでしょうに・・・」
素直にそう思った。
思ったことを口に出してみる。
『すべて失った………』
男は言葉をそう漏らす。
アサギの言葉を聴こえたのか、それすら分からないが視点は宙を見たまま合っていない。
アサギは彼に触れようと手を伸ばしかけたが、慌ててそれをやめた。
慣れ慣れしいかな、と思った。
だが、苦しいときは人の温もりが必要だと思う。
「すべて、ですか・・・? ・・・ですが、あなたは生きておられます。取り戻せるものは取り戻しましょうですよ」
すべて。
もしかして愛する人やご家族も失ったのだろうか、と思ったアサギは、あえて詳細に触れなかった。
辛いことは口に出したくないものだろう、あまり。
口に出して気分を軽くする、という方法もあるが、今の彼にはそれは無理なようだ。
だから、失くしたものを取り戻す・・・。
そう言うことで少しでも元気付けようとした。
それ以後何も語らなくなった男の背中を、アサギはただ見守るしかなく。
だから何時の間に新たな人物が来たのか・・・全く気が付けなかった。
『私の家まで燃えなくて良かった』
さも嬉しそうに、弾む声で現れた男は言う。
その声の通り、願いが叶ったかのような笑みを浮かべている。
・・本心でしょうけれど、口に出さなくても・・・。
アサギは眉を潜めてそう思った。
口に出すことが出来なかったので、代わりに手にしていた武器を力を込めて握りしめる。
家が燃えた男は・・・大丈夫だろうか?
不安げに見つめると、今にも意識を失って倒れそうだ。
彼の背負った絶望・・・、昔アサギ自身も体験したことがある。
だから、心が痛んだ。
あの時自分はどうして欲しかった?
人からの励まし、言葉だけでなく誰かが傍に居る、という安心感が欲しかった。
休息、眠れないけれど、少しでも横になって休まないと身体は衰えていってしまう。
軽く瞳を閉じて、思い出す、自分の、過去を・・・。
ガッ!
急に衝撃、アサギは慌てて目を開く。
息を飲み込み、小さく叫んだ。
真っ赤に充血し、明らかに正気を失っているその瞳が真正面に迫っていた。
首元を掴まれ、男が喚き立てる。
『軽々しく言うな、だったらお前のをよこせっ!』
今にも首を折られそうな勢いだった、その形相に一瞬怯むも、アサギは唇を噛み締める。
軽く息を吸うと、静かに言葉を紡いだ。
「アサギの持っているもので差し上げられるものがあれば差し上げましょう。けれどそれはアサギにとっても大切なものかもしれません。大切なものが失くなった時の辛い気持ちは、あなたが一番分かりますよね? それでもあなたはアサギから何か欲しいですか? それに・・・。あなたが欲しいものはアサギは持っていないと思うのです」
しん・・・。
辺りが静寂に戻った。
男はアサギを手放し、そのまま床に崩れ落ちる。
軽く咳き込み、アサギはそっと彼に手を差し伸べた、が、それを制すると男は先の方向を指差した。
「・・・わかりました、です。ありがとでした」
アサギは小さくお辞儀をすると、男を気にしながらも進んでいく。
振り返ってみれば、未だに彼は崩れ落ちたままだった。
誰か、彼を助けられる人がこれば良いけれど・・・。
男が指し示した場所へと、アサギは進んだ、迷うことなく。
アサギが去った後、男は一人、ゆらぁり、と立ち上がる。
それは日の煙が空へと上るように、不安定に、しかし確実に。
「…………」
震えと共に男の口元から声が漏れ始める。
だがそれは歓喜でも悲哀でもない、愚弄の笑いだった。
「………っ……、く…っ、ふふ………ふははっ…」
そして男はゆっくり立ち上がると、扉の向こうにいる人に語りかけるように呟き始めた。
『欲シイモノ。ソレハオ前ノ大事ナ大事ナ、励マシト休息サ。
オ前ノ心ヲ支エル励マシト休息ノ象徴ダヨ。
ソノ為ナラバオ前ハ全テヲ殺シサエスル。
ダカラ欲スルノサ、オ前ノ絶望ガ絶望ニナル為ニ、ナ』
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