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別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。 いい加減整理したい。 ※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。 絶対転載・保存等禁止です。 宜しくお願い致します。
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花の香を含む風が窓から入り込み、男の頬を優しく撫でた。
鼻先を擽る甘い良い香り、長身の男が深く溜息を吐く。
 

「はぁぁぁぁぁぁぁ・・・」

深すぎる大袈裟な溜息。
ここは4星クレオの魔界の地・イヴァンである。
その中心に位置する魔王アレクの居城、とある一室。
元来客室であったその場所に、1人の男が滞在している。
彼の名はハイ・ラゥ・シュリップ、2星ハンニバルの魔王である。
ハイは先日から、遠い昔に忘れ去ったはずの苦悩と対面していた。
だが、それはハイが味わった事のない種類の苦悩であり、そこから抜け出す術をハイは知らない。
苦悩だなんて、今更なんだというのだろう。
好き勝手生きてきて、何故今頃苦悩を味わう羽目になってしまったのだろうか。
見事な黒髪を風に靡かせて憂いめいた瞳で、溜息。
切ない恋に悩む青年、魔王と言うよりはそんな雰囲気。
そう、切ない恋心を体験中の魔王なのである。
26歳にして初恋中、初の苦悩。
虚ろな瞳で鏡に映って、にっこりと微笑んでいる少女に手を伸ばした。
冷たい鏡の彼女の唇に、そっと指を這わせて戸惑いがちに声をかけた。

「名は、名はなんというのだ、美しい娘。私の心を掴んだまま離さない誘惑の悪魔のような天使よ」

多少芝居がかりすぎな台詞を吐いている魔王、冗談でもなんでもなく、ハイは真剣だった。
遅すぎた初恋は、極度の胸の痛みを伴う。
恋愛の存在自体は知っていたが、生憎ハイの周囲に対象となるべく相手が今まで存在しなかったのが事実であり、まして自分も他人も嫌いなハイには誰かを好くという行為は無に等しかった。
そんな魔王ハイが恋をした相手が、勇者アサギだったり。
一目見て、恋に落ちてしまった、ふぉーりんらぶ、である。
歳の差なんて関係ない、この世界では26歳と12歳でも、犯罪ではない。
ハイにとっての運命のあの日、王子と王女を追っていた使い魔の視線が捕らえた映像、勇者の姿を確認できたところまではよかったのだが。
想像していた勇者とは違い、可愛らしい小柄な少女だった。
そう、可愛らしいと思ってしまったのだ、勇者を。
そこまでもまだよかった、問題はそこから数日後である。
恋しているとは思っていなかったのだ、ただ、可愛らしくて会いたいと思っていただけだと。
けれど、どうやら瞬時にハイの心をアサギが射抜いていたらしく、今頃になって自覚症状、切なくて重苦しい事態に。
ハイが人間を見て『可愛い』やら『気に入った』と言った時点で、同じ魔王のリュウはこの展開を予測していたのだが。
ご丁寧に勇者の姿を魔王仲間に見せびらかしてまで、自慢していたあの日。
異常である、魔王が勇者に恋をした。
絶望的な恋以外のなにものでもなく。
勇者はまだ、魔王を知らない、ハイを見つけ次第挑んでくるだろう。
そうなった場合、果たしてハイが勇者に対して攻撃できるかどうかが問題だ。
いや、確実にこの状態では出来まい。
むしろ、攻撃される事を喜んで受け入れそうな勢いだ。
それくらいハイとて解っていた、頑なに心で決めたのだ、もし、対峙する事があったらあの勇者に胸を一突きにしてもらおうと。
心に秘めたこの想いを、彼女に打ち明ける気はない。
それで良い、勇者は魔王を打ち砕くだろう、いいじゃないか、それで。
ハイは窓際に立って再度溜息を吐いた。
ハイは人間が嫌いだった、故に人間の自分も大嫌いだった。
人間の滅亡を渇望し、人間を最も憎む魔王だったハイ。
冷たい態度、言葉、表情、全てが真冬の凍てつく空気を思わせ、残忍で鋭く、近寄りがたい魔王・ハイ。
・・・だったはずが、この数日間で豹変した。
弱きで節目がちな瞳、窓から何処か遠くを見つめて上の空、溜息を吐き続ける。
聞けば食事も然程摂っていないとか、明らかな恋の病。
それがあの勇者の少女が原因であるとは、魔王達の中で周知の事だ。
あの日、勇者が彼女でなければ、こんなことには。
ハイの右腕の中には、可愛らしいお人形。
どうみても、勇者アサギを象ったしか思えない人形、それを愛しそうに抱き締めている。
顔だけのアップならば憂いを秘めた少しダークな美形のお兄さんだ。
が、胸辺りまで映すと人形までも映ってしまって、かなり危ない雰囲気のお兄さんに豹変してしまう。

「名前が知りたい、名は、名はなんというんだ? 私はハイ」

愛しそうに人形に語りかけるハイ、非常に変態染みた危ない構図である。
微笑みながら、髪を撫で続ける。
・・・という同僚の魔王の姿を数日前から目撃している魔王リュウは、助けの手を差し出す事にした。
元来部屋に閉じ篭りの気があったハイだが、ますます外出から遠のいていたし、話によると食事もあまり摂っていないとか。
たまに廊下でふわついて歩いている姿を目撃するのだが、何かを探すように目の焦点が合っていない。
ハイの心は、あの勇者のもとへと飛んでいってしまったのだ。
部屋の中でハイが勇者人形と戯れている頃、リュウは小瓶を幾つも抱えて、上機嫌でハイの部屋に足を向けている。
鼻歌交じり、何処となく愉快そうなリュウの姿は、とても今から手助けにいくとは思えない。
けれども一応リュウ的には真剣に手助けをするつもりだった、方法はどうであれ。
リュウを知っている人ならば助けを遠慮するだろう、顔を引き攣らせて。
そう、リュウが絡むとろくな事が起こらないのだ。
全く別の問題に発展する可能性が有り過ぎた、只管迷惑な話である。
本人には悪気はない。
そんなリュウが自室に向かっているとは露知らず、ハイは届けられた食事を口にするため、テーブルへ向かう。
目の前には大人の男にしては極端に少な過ぎる、そして似つかわしくないものが置いてあった。
けれどもこの量すら、今のハイにとって精一杯なのである。

「・・・いただきます」

傍らに置かれたフォークに手を伸ばす。
本日の夕食は、ミートソースのパスタ(たこさんウィンナーつき)、キャベツとキュウリのサラダに、小さなハンバーグ(目玉焼きつき)、オレンジゼリーだ。
それらが一つのお皿に乗せてある、つまり、お子様ランチ風。
もぐもぐ、とハイは必死で喉に食べ物を通していく。
降り積もって硬くなる柔らかな雪のように、心に降り積もる愛しさと切なさの想いは、ハイの胸を支えきれず。
重苦しい溜息を吐きながら、膝に乗せている人形を見た。
ハイがこの部屋から出たがらないのは、ここに居ればアサギの姿をいつでも見ていられるからである。
部屋の中心にある鏡、それにアサギが映し出されていた。

『勇者を手に入れてみるのも、一種の余興なんじゃないかなー、なんて?』

昨日の緊急魔王会議~勇者を見つけました、可愛いです~は、リュウの一言で思わぬ方向へと話が動いた。
勇者を、手に入れる。
その発言によって、勇者の居場所を探り出す事になったのだ。
勇者は神聖城クリストバルに最初に訪れる、という伝承を知っていたアレクがハイにそう告げ、監視の名目で魔道眼球を取り付けた飛行タイプの魔物をそちらに数羽向かわせた。
その中の一羽が洞窟へ入る前の勇者一行を発見し、四六時中張り付いているのである。
その映像が、ハイのこの自室へと届けられていた。
洞窟内部は映像が途切れたのだが、出てきた途端ハイの瞳は釘付けになる。
恋焦がれたアサギが映像として届いてきたから、感動のあまり身体を震わして瞳を潤ませ。
そこからずっと、この鏡だけを見つめていた。
プライバシーの侵害満載、・・・盗撮?
勇者をストーキングする魔王。

「うぉ!?」

ハイは思わず叫んで、フォークを床に落としてしまった。
というのも、アサギが衣服を脱ぎだしたからである。
そう温泉に浸かるのだ、後ろから湯気が立ち上っている。
ハイは顔を赤らめて椅子をなぎ倒し立ち上がる、腕を組んで部屋中をぐるぐると歩き回る。

「み、見てしまっては変態だ!」

いや、今でも十分変態めいているのだが、一応理性は残っていたらしく入浴を覗くという卑劣な真似はハイには出来なかったらしく。

「わ、私は絶対に見ない! そう決めたんだっ」

鏡に背を向けて、床にどっかりと座り込むと自身に言い聞かせるように叫ぶ。
丁度その時、リュウがハイの部屋に到達しノックもせずに勝手に進入していた。
ハイの姿が見えないので続く部屋のドアノブに手をかけて、勢いよくドアを開く。

「ハイーっ! ・・・って、あれ? 何してんの?」

その部屋の中には、涙を零して座り込んでいるハイの姿があった。
唖然と見つめるリュウ、膝を抱えて鼻を啜り、涙を拭わず必死に動き出そうとする身体と格闘しているハイの姿があった。
魔王の威厳もあったものではない、なんともまぁ、情けない姿である。
眩暈を覚えたリュウは、眉を顰めて原因を探した。
ハイの背後にある鏡を見て瞬時に納得、そこにはハイのお気に入りの勇者が数人の女性と楽しそうに入浴している映像が映っている。
恥ずかしくて、見られないのか?
流石に悪いと思って、見ていないのか?
・・・でも、本当は見たいんだ?

「見たいんだろ? 見ればいーのにー」

普通自分の入浴姿を赤の他人に見られて喜ぶ人は、いない。
けれど、自分達は魔王だから他人の嫌がることを率先してしても許されるんだぞー、と意味不明な解釈を続けるリュウ。

「嫌われてしまう」

くぐもった声で反論するハイ、ぐすっ、と鼻を啜る音。
深い溜息、呆れた声、みすぼらしい同僚を見つめつつリュウはおかまいなしに鏡を見る。

「やれやれ・・・、情けない魔王ハイ。・・・ふ~ん、顔が幼いわりに胸は結構なかなか膨らんで良い感じに」

しげしげ、と近寄って鏡を見つめるリュウ、台詞を聞いてハイは思い切り顔を赤らめた。
が、その言葉の意味に気がつき血相抱えて立ち上がる。

「そ、そうなのかって納得してる場合ではないっ、何故お前が見ているんだ!? 待て、見るな!」

当然のことながらリュウに掴みかかる、大事に取って置いた好物のお菓子を横取りされたかのごとく。
我慢していたのに、リュウは悩みも躊躇もなく、見てしまっていた。

「こ、この私がどれほど我慢していたか! やっていいことと、悪い事があるだろう」
「知らないのだー」
「殺してやるぅぅぅぅぅ!!」

激怒しているハイに掴みかかられても、リュウは平然としていた。
寧ろ微かに笑みを浮かべて、非常に楽しそうである。

「素直に見ればいいのにー。はい、どーぞ」

ハイの両手から不穏な風が巻き起こる、互いの長い髪が揺れて宙に浮かび上がる。
最大級の風の呪文だ、リュウは軽い溜息一つハイが詠唱を終えるより先に行動に出た。
髪を振り乱し、鬼神のごとく形相のハイの前で冷静に立っていられる人物は、リュウくらいだろう。
この何事にも動揺しないリュウの態度は、尊敬に値する。
リュウを見ているということは、その背後の鏡の方向を見ているということ。
一歩進んで鏡がハイの真正面に来るように仕向けたリュウは、さぁどうぞ、と手を差し伸べた。
ハイの目の前に鏡、入浴しているアサギの全裸。
偶然にも温泉から出たところだったらしく、全裸で暑そうにしていた。
差し出されたタオルで身体をすぐに包んだのだが、ばっちりとハイは見てしまったのであるう。

「わわわわわわわわわわわ私は、そ、そんなこと」

詠唱しかけの呪文が忽ち消え失せる、急に弱々しくなると赤面して俯いた。

「・・・」

ぶしゅぅ。
盛大に鼻血を吹き出して、けれども何処となく満足げに床に倒れるハイ。
鯨の潮吹きの如く吹き出した鼻血、呆れ返って倒れたハイを足でリュウはつついた。

「情けないのだー」

ひっくり返ったまま微動だしないハイを見下ろして、暫し無表情でいたのだが、不意に軽く唇の端を持ち上げてゆっくりと笑った。
その笑顔、なんと恐ろしい事か!

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