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まだ続くのですが、みやちゃん用に一区切り♪
28話:アサギ、魔界へ
29話:まびるん登場っ
30話:トビィが主体の話
31話:トモハルが主体の話
32話:ケンイチが主体の話
むー・・・、トビィ早く魔界へ戻ってくれないかしらー・・・。
一行がジェノヴァを発ったその一日後の事、魔族の船は近辺の海岸付近へ到着した。
そこから降りたい魔族のみが、小型の竜で岸へと運ばれる。
もちろん飛行能力を所持している魔族は自身で降りていくのだが、当然魔王ハイは人間であるので竜で岸へと運ばれた。
仲良くなった魔族達に笑顔で、時折別れを惜しんだ涙で見送られ、照れくさそうに手を振りながらハイは数人の魔族達を歩き出す。
フードを深く被り、魔族だと悟られないように各々目的を果たす為進むのだが。
「人間の街に何か用が?」
「人間とは実に面白く、特にあの街には興味深い物が多々あるのですよ」
「ほぅ? 例えば」
「私は食べ歩きが大好きなので、滞在中は全ての新メニューを平らげるつもりです」
「わたしは新しく出来た『めいど喫茶』なるものに興味がありまして。可愛らしい女の子達が可愛らしい服に身を包んで、世話を焼いてくれるのだそうです。うへへ」
「・・・そ、そうか、よかったな」
人間を虐殺に行くとか、偵察に行くとか、そういう類の事ではない様だ。
人間の魔族にはない、変わった文化に興味があるのだろう、皆心を躍らせているのがハイにも解る。
数人の魔族と共に街へと入った、が、直様散らばって行ったのでハイは軽く手を振ると一人歩き出した。
4星クレオの人間の街へ来たのは初めてだ、賑やかで煌びやかな街の雰囲気に酔いつつ、ハイは歩き回る。
歩き回るだけで探し出せるわけもなく、『黒髪で小さな背丈の可愛らしい少女を知らないか』と聞き込みを開始するが、それだけでは普通わからないだろう。
気になったので露店で冷やしパインを購入したハイだが、偶然にもそこの店主がアサギを覚えていた。
「あー、あの子かな? とびきりの美少女だろ? その子なら昨日ジョアンへ向けて旅立ってる筈だよ」
ハイは、人間が嫌いだった、汚く醜いものだと思っていた。
歪んだ心しか存在しない、生きていくに値しない種族だと思っていた。
無論自分とて人間だ、全ての人間を抹消したら自身も死ぬつもりだった。
穢れた子、偽りの聖職、堕落と怠惰のその中で生きてきた。
けれどもこの街で人間に話しかけると、皆笑顔で快く親身になって答えてくれたのだ。
わからないにしても「探し出せるといいな」など、励ましの言葉をくれる。
その言葉が、何よりハイの心に温かさを届けた。
忘れかけていた『人の温もり』、妙に心に何かが揺さ振りかける。
じんわりと胸の奥が暖かくなって、思わず笑みが零れてしまう。
嬉しい、と思った。
見知らぬ自分にも丁寧に返事をくれて、笑顔で手を振って別れてくれる人間に、よかった、と思った。
船に居た魔族達となんら変わらない、人間も魔族も関係ない。
人に聞く度、ミラボーから受け取った宝石を手渡していくハイ。
感謝の意を込めて、役に立つのかがハイには解らなかったのだが手持ちがそれしかなかった為、贈った。
丁寧に地図でジョアンの位置を教えてもらい、大体把握出来ると馬で追いかけたほうが速いと言われ、馬を購入する。
乗馬は初めてだ、けれども動物好きのハイの心を汲み取ったのか、馬は自ら走り出す。
「もうすぐ、もうすぐあの子に会えるのだな」
幸せそうに、軽く頬を染めて呟いたハイに、馬がヒヒーン! と高らかに嘶く。
軽快に道を走る馬の背を撫でながら、ハイは瞳を閉じて打ち震える胸を必死で堪える。
ところで後日、ハイから宝石を受け取った人間の一人が、冗談で宝石屋にそれを持っていった。
誰も本物だなんて認識していない、尋ねられたから返答したまでのこと、まさか宝石が貰えるなんて思わないだろう。
けれども当然それは本物である、呆然と男は大金を受け取って店を後にした。
困っていた人間は宝石を売りに出した、が、余程の事がない限り家宝として扱おうとそのハイが手渡した宝石は丁重に仕舞われる。
その宝石は家宝として、代々受け継がれていった・・・というそんな話。
その頃一行は順調に旅を続けていた。
休憩中に剣の腕を磨き、移動中は魔導書を読み続け、魔物と一度遭遇したがようやく勇者全員が戦闘に参加した。
回数をこなせばそれだけ様にもなってくるもので、アサギはもとより、トモハルの成長が目まぐるしい。
やはりそれは伝説の剣のお陰であると思われるが、本人が気分上々なのであえて口に出さず。
その日、昼食を摂っていた一行。
不意にアリナがジェノヴァの方角に身体を向けて怪訝に眉を顰めると、近くに居たクラフトを手招きして呼びつける。
「なんかさ、馬の音聞こえない?」
「・・・あー・・・あ。聞こえますね~」
耳を澄ませ、瞳を閉じると確かに馬が駆けている音が近づいてきている。
ようやく姿が小さく見え始め、瞳を細めて黙視すれば乗っているのは長髪の男。
「なんか暑そうな服装の男だなぁ。旅の人かな」
「にしては、旅の準備がなされてないようですが」
踝まであると思われる、長い異国の服に身を包み、顔色悪くそれでも馬にしがみ付いている男。
アリナは大きく手を振って、おーい! と叫んでみた。
意識を失っているかと思われたが、男はよろめきながら起き上がると弱弱しく手を上げる。
アリナの目の前で馬が停止し、隣のクラフトが叫び声を上げるのだが、乗っていた男はそれどころではない。
「ちょっと、アナタ! 危ないじゃないですか、うちのお嬢に怪我でもさせたらどう落とし前をつけてくれるんですっ」
堂々と微動だしなかったアリナに拍手ものだが、クラフトが凄い剣幕で怒鳴り始める。
睨みつけるが、顔をあげた男は柔らかな瞳に、丁寧そうな物腰、悪気はなかったように思えてきて慌てて口を紡ぐ。
「すまなか、った・・・。人を、探して・・・昨日から飲まず食わずの不眠続きで・・・。申し訳ない」
それで顔色が悪いのか、とアリナとクラフトは慌てて馬から男を引きずり下ろす。
クラフトが馬車から水と干し肉にビスケットを出してきて、差し出した。
小さく礼を言い、震える手で受け取ると口に運び続ける男。
アリナは呆れ返って溜息を吐くと、地面に座り込んだ男の正面に胡坐をかいて座り込んだ。
「で、何? 人を探してそんな装備で馬に乗って駆けて来た訳? どんだけ無謀なのさ、あんた。とりあえず、会ったのも何かの縁だし。どんな人探してるの?」
クラフトも隣にしゃがみ込んで深く頷いた、協力しましょう、と。
「その人の名前は?」
口を必死に動かし、食事を取る男の全身を見つめながら、アリナはそう問う。
どこぞの貴族だろうか、世間知らずにも程があると思う。
「名前が分かれば苦労しない・・・。肩位の黒い髪で、こう・・・くるりん、と毛先が巻いてあるような。大きい瞳も真っ黒で、小柄。とても可愛らしい容姿の女の子だ」
名前を知らないって、一体どういう理由で探しているのだこの男っ、と思い軽く項垂れたアリナ、だが。
聞く度に鮮明に一人の人物が思い当たり、クラフトを顔を見合わせる。
「・・・もしかして、それ。アサギのこと?」
そう、アサギがぴたり、と当てはまった。
疑惑の瞳でクラフトを見やるアリナの正面で、男は急に頬を赤らめると興奮気味に叫ぶ。
持っていた干し肉を放り出し、嬉しそうに身を乗り出してきたので顔を強張らせて仰け反る2人。
「アサギ!? アサギというのか!? 会わせてくれ、是非会わせてくれ! あぁ、ようやくっ」
馬に乗ってやってきた男とは、もちろん魔王ハイである。
『2星の魔王、ハイ・ラゥ・シュリップ』だと知っていればアリナもクラフトもアサギをハイに会わせたりはしなかった。
だが、まさか魔王が瀕死の状態で馬に乗ってやってくるとは、誰も思わないだろう。
何より顔を知らない二人、そして邪悪な気配を微塵も感じさせない男を、どう魔王を結びつけよう。
「違うかもしれないけど。・・・アサギー!」
気迫負けしてアリナがアサギを呼んだ、はーいっ、と元気な声がハイの耳に届く。
硬直、こちらへ走ってくる音が聞こえてきたので、更に緊張と興奮で硬直。
ただ、視線だけは音を捉えて、瞳で追う。
馬車の向こう側から、あの優しい瞳の温かな空気で包み込まれた少女が・・・姿を現す。
どうしようもなく高まる胸を押さえる事が出来ずに、ハイは手短にあったものを力強く握り締めると豪快に振り回していた。
徐々に激しくなるその行為、実はクラフトの腕を掴んでいた。
ガクガクと身体を揺らすクラフトは、始め平然としていたのだがこれはあまりに酷すぎる。
「な、なんなんですか、あなたはっ」
腕を振り払って、軽く睨みつけるクラフト。
面目なさそうに頭をかきながら拗ねた子供のように俯くハイ、素直に謝る。
「すまない、いや、興奮してしまって・・・」
溜息一つ、クラフトは苦笑いでハイに向き直った。
自分より年上の男だろうが、妙に行動が子供らしい。
見た目とは裏腹に、まだ精神が成熟していないような、そんな。
「ひょっとして、何処かでアサギちゃんを見かけて一目惚れした、とかでしょうか。気持ちは解らないでもないですが、無謀ですよ」
あながち間違ってはいないクラフトの言葉、ハイは軽く瞳を開くとまじまじとクラフトを見つめ・・・。
穏やかな、木漏れ日のような柔らかな眼差しで微笑んだ。
昨日から、人間と会話してばかりだ。
と、不意に我に返るハイ。
思えば物心ついたときから、人間を憎み、忌み嫌ってきた。
小さな動物の命を踏みにじり、殺して笑っていた残酷で無慈悲な人間達。
その愚劣な様に身体は嫌悪感に打ち震え、自分が人間である事に吐き気を覚え。
あの日、冷たくなった小鳥の亡骸を埋葬した時の悔しさ、その時流した涙を忘れる事はなく。
それ以来、見下した態度で人間と接してきたハイは、自分の存在意義とは人間を滅ぼす為であると思い込んだ。
高等な神官の家に産まれた、強大な魔力を秘めた子。
その力は人間を護る為でなく、人間を滅ぼす為に。
ハイは、クラフトに控え目に微笑みかけると、不思議そうに自分を見た視線と交差する。
「お前、いい奴そうだな」
「? いい奴ですか? んー、どうでしょうね。ただ、私は確かに共に歩んでいる仲間達は好きですよ。出会って日も浅いですが皆個性的で。やはり人間出逢いが大切です、日々勉強させていただいてますよ」
暫しの沈黙の後、ハイは寂しそうにぼそり、と呟いた。
「仲間か。・・・お前が羨ましいよ」
「はぁ・・・」
風がハイの黒髪を舞い上がらせる、憂いを含んだ表情が露になった。
この人は一体何者だろうか? 雰囲気だけならば権威的な人物に見えなくもないが。
「アリナ、どうかした?」
心地良い風にあたりながらハイは考え事をしていたが、その声と共にハイの瞳は大きく開かれた。
馬車の陰から姿を現したアサギに、視線が釘付けになる。
顎に添えられていた手が動くことなく、瞳は瞬きを忘れ、下手したら呼吸も忘れて。
硬直。
「あぁ、アサギちゃん。この人が探していたようなんですよ」
クラフトがそんなハイの様子に気づくことなく、左肩を叩いて顔を覗き込む。
「?」
アサギは不思議そうに、確かに自分を見つめていると思われる目の前の男に近寄った。
見上げて首を傾げる。
全く動かない男、それは完璧な精巧な蝋人形のようで。
アリナもクラフトも、異変を感じハイを見た、が、微動だしない。
アサギの後方からは例の如くトビィが保護者のごとくついて来ているのだが、足を止め怪訝に軽く睨みつけている。
男は俯いているので表情が明確に見えない、が。
その身に纏っている、非常に特長のある衣服に見覚えがあった。
この暑いのに、長袖長丈のワンピースに身を包み、何処となく光沢のある異国の衣服である。
「まさか」
トビィは唖然と言葉を漏らした、再度目の前の男と記憶の男を比較する。
漆黒の長髪、その装束、冷淡で厳格そうな雰囲気・・・それだけで十分だ。
剣の柄に手をかけつつ、用心深く男へと近づいていく。
冷や汗が頬を伝う、もし、トビィの知り得る男と一致してしまうならば。
最悪だ。
唇を噛み締める、手に汗が滲む。
らしくないとは思うが、相手は、相手は。
「あの、どちらさまですか?」
上ずった声でハイに語りかけてみるアサギ、見つめ続けても何も言わないのだから正直どうしてよいやら。
「へ。あ、あああ。わた、たしかーぁ」
奇妙な裏返った声を出す目の前の男、思わずアサギは身体を強張らせて後退りする。
そんな様子が眼に入ったのかいないのか、お構いなしにさび付いていたロボットのごとく、ギギギギ・・・と軋みながら両手を動かし。
「あ、会いたかったぞーっ!!!!!」
いきなりそのまま、ガバァ、と両腕でアサギを抱き締めた。
その行動に唖然とするクラフトと、逆上するトビィ。
アサギは驚いて逃げようとしたが逃げられず、怖くて苦しくて腕の中でもがき続けていた。
見知らぬ年配の男に突然抱きつかれたら、恐怖である。
「わわわわわ。わたしはっ~わたしはーわ・た・し・はっ」
妙なメロディーで自己紹介を始めるように、歌い出した。
奇妙な言葉を連呼し、血走った瞳で、微かに涙を滲ませアサギが潰れてしまうほど抱き締めている。
これ以上力を入れられてしまっては、アサギは確実に窒息死していた、が、寸でのところでトビィが剣を引き抜くと勢いよく斬りかかる。
そう、トビィは知っていた『魔王ハイ』の姿を。
魔王が現れたから斬りかかった、とみせかけて大半は「オレの許可なしで何アサギに抱きついてんだ、ゴラァ」な感情の問題なのだが、それはさておき。
トリップしていた奇怪な魔王、それでも、魔王である。
トビィの渾身の一撃の剣先をするり、と紙一重で交わすとアサギを片手に抱いたまま後方へと下がった。
「何やってるんですか、トビィさん。駄目ですよ、私情で斬りかかっては!」
クラフトはトビィが嫉妬で斬りかかったと思ったのだろう、確かにそうなのだが唾を吐き捨てるトビィ。
嫉妬、という単語に些か苛立ちを覚えたが、今はそんなことどうでも良い。
クラフトを無視して目前のハイへと怒鳴り声で叫んだ。
「貴様っ、何故アサギの前に現れたっ! ハイ・ラゥ・シュリップ!」
ハイ・ラゥ・シュリップ。
クラフトがトビィの放った名前を再度繰り返し、打ちのめされてハイを見やる。
驚愕の瞳、愕然としたまま立ち尽くし、それでも頭の何処かで否定の声が聞こえた。
数分前の出会い、僅かな接触、それでも。
哀愁溢れる、何処か高貴な雰囲気の男が・・・魔王。
言葉を失ってクラフトはただ立ち尽くしていた、混乱で整理がつかないのだ。
魔王のはずがない、と言い切る自分が居る。
「ハイ!? この男がハイ!?」
当然トビィの大声に、一行が続々と集まってくる。
武器を構え、怒気を含んだ様子なのはムーンとサマルトの両名だ。
仲間を、両親を、家臣を、民を殺されている。
そう、魔王ハイの星の住人の生き残りである2人。
多大な憎悪の声で叫びながら杖を振りかざしているのはムーンだった、怒涛の勢いで涙が溢れ返っている。
ムーンもサマルトも、ハイの顔など知らなかった、名前しか知らなかった。
2星ハンニバルを絶望に陥れた張本人の、魔王ハイを正面に2人は冷静さを失いトビィの隣に立ちはだかる。
包囲され、魔王であると暴露され、今にも攻撃を受けそうなその状態に、舌打ちするハイはようやく自身を取り戻した。
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