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「ぎゃー、見られたー」
リス達が木の上で騒ぎまわっている最中、アニスはそっと木の葉から様子を伺っていた。
リュン、という黒髪の幼そうな男の子、そしてその隣のトリア。
「トリアって、トカミエルの双子の弟さんなんだよ」
「そんな豆知識、どうでもいいよ! っていうか、ぎゃー、見られたーっ」
騒然、リス達はアニスの言葉に耳を貸さず、ただ走り回るばかり。
やがて、二人の人間はそのまま森を去っていった。
それを見届けるとアニスはリス達をその場に残して、木からふわりと飛び降りると、一目散に人間たちが遊んでいたその場所へ走った。
オルビスが頭上に掲げていた、トカミエルが作った冠。
捨てられて地面に転がっているそれを、そっと跪いて手に取ると、自分で頭上に乗せてみる。
「どうぞ、お姫様の冠だよ」
なんとなく聞こえたトカミエルの台詞を自分で言ってみる。
アニスは嬉しそうに微笑むと、追いかけてきたリス達に振り返ると丁寧にお辞儀をした。
「似合う?」
「似合う? じゃないよーっ、何やってんのーっ! どーして大人しく出来ないのさっ」
「大丈夫よ。リュンって子に見られたけど、別に何もなかったじゃない。心配しすぎなんだよ」
冠を乗せたまま、くるくる回るアニス。
そーだ、泉で姿を映してみよう。
そう呟くと、そのまま羽根をばたつかせてそのまま泉へと急行した。
「待って、待ってよ、アニス!」
シロツメクサの花冠を頭上に乗せて、アニスはふわりふわわ、そのままそのまま奔放に空気と共に流れた。
泉で水面に姿を映し、満足そうにアニスは頷く。
「お姫様の冠を手に入れたのです」
頭上に咲き誇る、花冠。
トカミエルが作った、花冠。
・・・オルビスが置いていった、忘却の花冠。
翌日、街ではトカミエルとトリア・・・バルトラウト家の二人の息子の誕生日会が盛大に行われた。
バルトラウト家は、この街では武器屋を経営しており、二人の息子はその武器を巧みに操り剣舞も披露する事になっている。
自慢の息子達だった。
トカミエルに客の接待は任せて、主役の一人であるはずのトリアはそっと自宅の裏口から抜け出すと、一目を気にして森へ馬を急がせる。
トリアが幼い頃から育て、共に成長してきた愛馬・クレシダは、光りの加減では何処となく深い緑に見えなくもない漆黒の馬だ。
クレシダで駆け抜け森の中へと突き進む。
そう、昨日トリアとリュンが居たあの花畑へと。
どうしても、リュンの言葉が胸に何かしらの杭を刺した。
不安なのか期待なのか、それすら分からないが、リュンの見た少女に会わなければいけない気がしたのだ。
「クレシダ、ここで待て」
花畑の入り口でトリアはクレシダから下りると、静かに、なるべく足音を立てないようにして花畑の中を進む。
リュンが昨日刺した木を見上げる。
誰もいない。
いるわけ、ないよな・・・。
自嘲気味に笑うと、トリアはそれでも木を一周して眩しそうに瞳を細める。
軽い溜息を吐くと、木の根元に座り込み、もたれ掛かって瞳を閉じる。
心地よい陽の光に、夢の世界へトリアは誘われて行った。
すぐに軽い寝息が聞こえ始める。
一方アニスは、お気に入りの花冠を頭上に乗せたまま、今日も森を散歩していた。
リス達は自分が怒られるのではないかと、大人や他の動物達にアニスが人間に見られたことを言わなかったので、咎められることもなく気ままに今日も過ごしている。
ただ、いつも一緒のリス達がいなかった。
花畑付近で、アニスは珍しい動物に出くわした。
森では見たことがない生き物だった。
馬のクレシダである。
大人しく花畑の入り口の木に繋がれていた。
アニスは周りに誰も居ないことを確認すると、そのまま近寄っていく。
気配に気がつき、クレシダは顔をあげてアニスを見た。
瞳が交差する。
「綺麗な瞳。こんにちは、初めまして、アニスです。お名前は?」
ぺこり、とお辞儀をしてアニスはクレシダに手を伸ばす。
大人しく撫でられていたクレシダは、暫くしてアニスに語りかけた。
「・・・名前は、クレシダ。あそこにいる主と共に暮らしているものです」
「主? だあれ?」
クレシダは小さく鳴くと、木のほうに顔を向ける。
アニスは言われた方向へ身体を向けた。
木の根元に誰かがいる。
「あら、今日は誰も来ないと思ってた。誕生日会なんでしょ?」
「良くご存知で。主はそれを抜け出してというか、放置してこちらへ来ておりますゆえ」
「そうなの? あれは・・・誰?」
「主の名は、トリアと申しますが」
「わぁ、トリア! トカミエルの弟さんね!」
「・・・詳しいのですね。そうです」
クレシダの背を丁寧に撫でながら、アニスはじっとトリアを見た。
近寄ってみようか、どうしようか。
「クレシダは、トリアのこと、好き?」
「えぇ、とても。優しく行動的で素晴らしい人間だと思いますが」
「そっか。ありがとう」
アニスはそれだけ聞くと、決意したかのように笑顔でそっとクレシダから離れた。
ゆっくりとトリアに近づいていく。
寝息を立てているトリアに近寄ると、アニスはしげしげとしゃがみ込んで見つめた。
思えばここまで近寄って見るのは始めてだった。
成る程、トカミエルと同じくらいに端正な顔立ちをしている。
じーっと、物珍しそうにトリアを観察していたアニス、それをクレシダが遠くから見守る。
不意に、トリアは身動ぎして小さく呻いた。
驚いて思わず後ずさるアニス。
それでも動けずにその場に立ち尽くしていると、トリアは大きく腕で伸びをしながら眠たそうに気だるそうに身を起こす。
「あー・・・良く寝た」
「・・・」
瞳を軽く擦りながら、トリアは欠伸を小さくしつつ、ようやく瞳を開く。
目の前で、緑の髪の女の子がこちらを見て立っている。
女の子。
「女の子! リュンが言っていたのは君のことかっ」
急に意識が冴え渡って、勢いでトリアは立ち上がった。
びくぅ、と身体を震わせて、アニスはおどおどとトリアを見る。
「あ・・・」
何か言おうとしたが、トリアの口内は乾ききって声が出てこない。
確かに、こんな美しい女の子を見たのは初めてだった。
今まで見てきた異性が、急激に色褪せていく。
アニスは、ぺこん、とお辞儀をするとそのまま森の奥へと消えていった。
「ちょ、ま、待って」
トリアは慌てて後を追おうとしたが、足が動かなかった。
瞳を奪われ、足が竦んだのか。
こんなことは初めてだった。
「・・・やっと、見つけた。ようやく、会えた」
トリアは知らずそう呟き、こう最後に付け加える。
・・・君を、今度こそ護らなければ。
そう、付け加えた。
遠くでクレシダが小さく鳴いたのを聴くと、トリアは名残惜しそうに何度も森の奥に目をやると、動かない足を引き摺ってクレシダへと歩み寄る。
森の奥からアニスはそっとトリアとクレシダを見つめていた。
「あの人・・・私、知ってる?」
瞳が交差した瞬間に、その人が以前自分の近くに居てくれたような気がして、落ち着かない。
「・・・お兄様・・・?」
アニスは虚ろな瞳で消えていく二人を見送った。
胸騒ぎ、高鳴る鼓動、軽く震える身体。
トリアを思い出す。
あの髪、触ると本当に滑らかで、指通りが良いのだ。
あの氷のような、それでいて温かみのある瞳は優しく鋭く。
時折穏やかに微笑むその笑顔が大好きで。
大きな腕で持ち上げて、くるくると回して貰うのが好きで・・・。
「え・・・?」
知っている。
確実に知っている。
隠し切れない動揺に、アニスは居た堪れなくなって、森から駆け出して、人間の街を見渡せる位置まで全力で走る。
もしかして、私、ここへ来る前・・・。
「人間、だったの? それで彼を知っているの? どうして、どうして私あの人のこと『お兄様』って呼んだの!?」
ぺたり、とアニスは地面に座り込んだ。
力なく崩れ落ちるように、倒れ込むように。
ぎゅっ、と自分の両腕を抱いて、力を込める。
アニスは項垂れて人間の街を見た。
今頃、誕生日会が行われているのだろう。
行ってみたい、行ってみたい・・・。
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