別サイトへ投稿する前の、ラフ書き置場のような場所。
いい加減整理したい。
※現在、漫画家やイラストレーターとして活躍されている方々が昔描いて下さったイラストがあります。
絶対転載・保存等禁止です。
宜しくお願い致します。
×
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1・27 121回 ⇒アサギとリュウの会話 + 勇者達到着
2・3 122回 ⇒アイセル達死亡
2・10 123回 ⇒リュウ復帰 + アサギ食べられる
2・17 124回 ⇒ミラボー倒す
2・24 125回 ⇒クレロから話をきいて、地球に帰る
間に合わない(’’)
2・3 122回 ⇒アイセル達死亡
2・10 123回 ⇒リュウ復帰 + アサギ食べられる
2・17 124回 ⇒ミラボー倒す
2・24 125回 ⇒クレロから話をきいて、地球に帰る
間に合わない(’’)
佇んでいるリュウの瞳は、何処か冷え切っていた。宙を見ている。アサギに顔を向けてはいるが、瞳はその先を見つめていた。よろめきながら立ち上がったアサギは、何処かで捻ったのか痛む左足を引き摺り必死リュウへと近寄る。
「リュウ様。ご無事でよかったです、なんだかお城が大変なことになってて。あの、トビィお兄様達見かけませんでしたか? 一緒に、何処かへ一旦避難して体勢を立て直したいのです」
「……無理だと思うぐー。ほら、外を見てみるぐ、ミラボーが暴れているらしいぐ」
言われて、アサギは思わず身体を翻すと、窓へと駆け寄った。窓硝子に手をあてて悲鳴を上げる。
城から眺める魔界の風景が好きだったが、三分の一程度すでに崩壊していた。
何があったのか、理解出来ない。所々、まだ美しい森が残ってはいるが湖は澱みきっている。色合いが、解らない。それは、土や木々が雪崩れ込んだ為でもあるのだが魔族達の血液も夥しく混じっていた。ここからでは鮮明に観る事が出来ないのだが、死体が浮き沈みしていた。
空は晴れきっているのだが、それが逆に不気味だった。何処から来たのだろう、飛行タイプの魔物が空にまばらに浮いている。奇声を上げながら魔界に飛び立っているようだ。
あちらこちらで火の手が上がっている、魔法で応戦しているのだろうか。
アサギは息を飲んだ。震える身体で視線を真下に下ろす。砂埃が舞っていてよく見えないのだが、城もほぼ崩壊しているようだった。瓦礫が散乱し、魔族達の腕や脚が飛び出ていたり、無造作に落ちていたり。点々と赤と緑の色合いが見える瓦礫は、魔族達の血痕か。
喉の奥で悲鳴を上げると、口元を押さえて咳込む。吐き気を覚えたが必死に浮かぶ涙を押し殺してアサギは、耐えた。目の当たりにした惨状に身体が震え出す。
「驚いたぐ。ミラボーは何をしたんだぐーかね。数撃でアレクの城のほぼ半分が崩壊したぐーよ。この部屋は無事だったぐ。反対側にあったアレクの部屋はもう、駄目だぐーね。
ハイとミラボーの部屋も無事だぐーよ、アサギの部屋が微妙な位置にあったから」
「リュウ様! とにかく、みんなと合流しましょう!」
口元をぬぐってアサギが再びリュウに駆け寄る。と、リュウの身体が一歩下がった。伸ばしたアサギの手が、宙を掴む。冷めた瞳でリュウは口元に笑みを浮かべることなく、アサギを見下ろした。
「行かせないぐ。アサギはここに居ると良いぐ。……眠ればいい、目が覚めたら全てが終わっている」
「な、何を言っているんですか!? 私、行きますよ。リュウ様は行かないのですか!?」
再びアサギが手を伸ばすが、リュウには触れられなかった。カン、と爪が何かに触れた。恐る恐る手を伸ばせば、見えない壁が出来ている。目の前にリュウがいるのに、触れることが出来ない。焦ったアサギは、その見えない壁を力任せに叩いた。だが、手が痛いだけだ。
必死に、両手で叩いてリュウの名を呼ぶ。何処を見ているのか解らないリュウに、大声で訴えた。しかし、この壁に阻まれて声が届いているのかどうかすら、解らない。
「リュウ様、リュウ様!」
「違うよ、アサギ。私の名前はリュウじゃない。”スタイン”っていうんだ……」
ぼそ、と漏らしたリュウは目の前で壊れる事など絶対にない壁を叩き続けているアサギを、ようやく瞳に入れる。
「ここから、出してください! お願いしますっ」
「出さない。君は勇者だから、ここから出さない」
再び視線を逸らし、俯き気味に呟いたリュウにアサギは叫んだ。初めて聴く切羽詰まったアサギの悲鳴に似た叫び声に、リュウが肩を震わす。瞳が宙を泳ぎ、視線を合わせまいとした。
「リュウ様、私を見てください! どうしてこんなことをするのか、ちゃんと説明してくださいっ」
「……君が、勇者だから。勇者の君を失いたくないのかもしれないし、いや、それとも君ならこの場を救えるのか試したいのかもしれないし。私は仲間達さえ無事ならそれで良いから、他の事に興味がないのかもしれないけど」
「意味が解りませんっ。リュウ様の仲間って、リグ様達ですか!? ハイ様は、アレク様は入らないのですか!? ここから出してください、話がしたいんですっ」
アサギが本気で怒っている事を、リュウも知った。声色が普段と全く違うからだ。恐らく、見たこともない顔で自分を睨んでいるのだろう、とリュウは思った。だからこそ、余計に見る事が出来ない。
ガン!
アサギが壁に蹴りを放った、が、当然痛みは跳ね返る。唇を噛締め、アサギは腰の鞘に手を伸ばしたが我に返った。剣が、ない。先程抜き放ち移動していた、ハイに握られていた側に持っていた筈だが何処かで落としたようだ。後方から伸びてきた腕に捕まれた際に、離してしまったのだろう。
アレクから受け取った、ロシファの形見の様な剣だった。青褪めたアサギは再び拳で壁を叩きつける。
「私はね、アサギ。勇者の知り合いが居たんだ」
ぼそ、と告げた声に思わずアサギは耳を傾けた。大きく肩で息をしながら、壁に寄り添いか細いリュウの声を聞き取ろうとする。
「1星ネロには、勇者が居た。と、言っても、君のような勇者じゃない。君は何処だか知らない異界から召喚されたらしいじゃないか、勇者の石とやらも所持しているって。正統な、勇者なんだろうね。
でも、彼は違った。人間の勝手な都合で勇者になってしまった、仮初の勇者だった」
アサギは、喉を鳴らした。恐らく、今から語られる事が真実なのだろう。勇者、となると過敏にリュウが反応することは、アサギも知っていた。知らず、唇を噛み、壁に爪を立てる。はぐらかされて来た、その真実が今明るみに出る。
もし、好機があるとすれば、話を聴き終えた時に自分が何とリュウに伝えられるか、だった。
迷い子の様に俯きがちで語るリュウが、酷く弱々しく見えた。泣いているようにしか見えなかった。
「……召喚された時に、仲間から聴きました。
1星ネロは魔王が現れるより以前に、勇者が存在していた地。けれどその勇者は魔王リュウによって破れ、彼の愛する姫君も亡くなられたと伝わっていると。主要国は”カエサル”。今から何百年も前の話だと。姫君は常に勇者に寄り添い、共に励ましていたと聴いているのですが。
実際は、違うのですよね?」
アサギの言葉に、思わず吹き出したリュウは皮肉めいて吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「人間が書き換えたんだ! 真実なんてこれっぽっちも伝わってない! サンテを殺したのは私じゃない、人間だ! 姫などサンテは愛していなかった、寄り添っていなかった! ……確かに、私が見殺しにしたから、私に殺されたと言えなくもないけれど」
声を荒げたリュウに、アサギは驚かなかった。なんとなく、気がついていた。
勇者となると、妙に他所他所しくなり、狼狽していたリュウ。魔王と勇者という因縁の2人というだけではない気がしていた。名前で呼んだということは、親しい仲だったのだろう。
「友達、だったのですよね。その勇者サンテ様と」
「……友達? 違う、友達などでは、なかった。
……アサギは以前、私に訊いたね。勇者は召喚されてきたのか、と。違うよ、彼は1星ネロの平凡な人間だ。
小さな家に住んでいた、普通の若者だった。けれど、ある日敵国の襲撃にあって一人だけ生き延びたんだ。
話が捏造された、彼がたった一人で敵国の襲撃を撃退し、勝利をもたらした伝説の勇者だと。そう、書き換えられたんだ。真実など、一握りの者しか知らない。彼が勇者となることで、国内には士気を上げる効果があった。そして無論、敵国には威圧感を与えることが出来た。魔法など使えない、剣すら、振れない。そんな人間だったよ」
「つまり、利用されて勇者にでっち上げられたんですね?」
「そう。それだけ。1人きり、土地の貧相な場所に犬と住んでいた。他人と関わることを禁じられて、何かあれば”勇者として”出向く……。そんな、人生だったよ。
そうだ、1つ謝っておこう。嘘なんだ、アサギ。サンテと姫は夫婦ではなかった。表向きだとそうなってはいたけれど」
「解り、ました」
「以前、酷く気にしていたようだったから」
「……有り難う御座います」
1星ネロの勇者として召喚されたらしい、アサギの知り合い達。男女らしく、片方はアサギの親友だという。恐らく、もう片方がアサギが恋心を抱いている相手なのだろうということは、リュウにもなんとなく解っていた。
2人のことは知らないが、運命的な環境に置かれた場合、心が動きやすいことは間違いないだろう。アサギは気にしていたのだ、自分は魔界で1人きり。残してきた2人の勇者の、現状を。
意地悪でもしてやろうかと思っていたが、流石にそれは気が引けた。
本来リュウは、悪戯が好きでも人が傷つき、泣くようなことはしない。
アサギに、謝るなら今しかないと思ったのだ。
こんな時にそんなことで謝るリュウが、やはり悪人には見えない。事情があって自分をこのように閉じ込めてしまったと確信したアサギは、今はミノルとユキの事を考えている場合ではないと思った。
少し、安堵したのは確かだが。
「彼はね、異界から来た違う種族の男に優しくしてくれたんだ」
それが、リュウ自身であることなどアサギには直ぐに解った。だが、自分だとは言わずにリュウは話を続ける。
「お人よしだったんだ、少ない食物でも必死に食事を作ってくれた。出向いた時なんて、苺を持って帰ってきてくれたんだ。甘くて、美味しいからって」
「……だからリュウ様は苺がお好きなんですね」
アサギがそう言ったが、それには答えず続ける。
「裏切られたと、思ったんだ。彼の罠に嵌められたと、思ったんだ。友達だと思っていたけれど、違ったんだと思ったんだ。
だから私は彼を置き去りにして、仲間達と逃げた。
けれど、違ったんだ。サンテは、私を裏切ってもいなかったし、罠に嵌めたなんてとんでもない。……友達だと思ってくれていたから助けてくれたんだ」
リュウの身体が震える、顔を手で覆い隠して咽ながら告げる。
あの日。
リュウを裏切ったと見せかけて、サンテは逃がしてくれた。それを咎められ拷問されたのだろう、身体中に穴が空き、死体を曝されていたのはその為だ。
サンテと過ごした小屋で、リュウが見つけたもの。置手紙だった。
必死に人間の文字を解読したリュウは、手紙の内容を見て愕然としたのだ。
今も、リュウの懐に収まっているその手紙。
『スタインへ。
もし、君の惑星に生れ変わることができたのならば。一緒にたくさん遊ぼう。
思いついたよ、仲間達を呪縛から解き放つ方法を。召喚士達が所持している、書物を燃やせばいいんだ。真名が解らなければ、召喚に怯えることもないだろう。
やってみるよ、君に捧げた命。初めての、友達。
どうか、どうか。生れ変わって、君の惑星の住人になるんだ。だから君は、生きなければいけない。君が死んだら、生れ変わっても意味がない。
約束だよ、君は生きて君のままで居て』
サンテは、意を決してあの日国王の前に名乗り出た。
まさかリュウがそこへ来るとは思っていなかったのだが、好機だとした。運命の日であると。
リュウの真名は、確かにサンテは知っていた。
スタイン、という名だ。エシェゾーという名は、召喚士達が知っていた。
二つを組み合わせることが出来たのならば、真名が人間の手に渡っていたのだがリュウは一度も呪縛にかからなかった。多少、身体の制御が出来なくなった時もあったのだが、それは名が一部違っていたからだ。
サンテは名前をこう告げた。
『あの者の名は”リュウ”です』
『ほぅ。あの者、王家の出らしいではないか。となるとエシェゾーと伝わっておるので、リュウ=エシェゾーということだな! でかしたぞ勇者サンテ!』
無論、その名は偽りである。召喚士達が何度叫ぼうとも、リュウは手中に収まらなかった。
そしてサンテは調べものをすると言い、召喚士達が所持していた書物を集められるだけ集め、燃やしたのだ。
その為に、処刑された。
歯を抜かれ、腹部に槍を突き立てられ、皮膚を燃やされてもサンテはリュウの名を一度も呟かなかった。
にこりと笑いながら、自分を拷問する人間達にこう言った。
最も、その時には舌を抜かれており、声など出なかったが。
『……ここで死んで、生れ変わってスタインの惑星へ行くんだ。そこで幻獣として生まれるんだ。そうしたら、素晴らしい王の下で、孤独に怯える事もなく、幸せに暮らせる』
転生を、信じた。酷く死が安らかなものに思えた。
サンテは、自分に暴行を加えている人間達を見て嘆いた。羨望したのは、幻獣達だった。
リュウが無事であることだけを願った、信頼されている彼ならば無事に仲間達と逃げ切れただろう。
最期に、裏切ったような素振りを見せてしまったが、人間達を騙す為には仕方がなかった。
『スタイン。もし、君が僕を軽蔑したとしても。……君さえ無事ならそれで良いと思うんだよ』
そんなサンテの思いまでは、リュウは知らない。
だが、途中でリュウは幾分か気付いた。
立ち寄った小屋にあった、サンテの置手紙。植えられていた沢山の苺。そして、”リュウ”という名。
その為リュウは自らを”リュウ”と名乗った。サンテが名付けてくれた、偽りの名だ。その名のおかげで、リュウは生き永らえたも同然だ。
真実を知り、愕然とした。
自らを恥じるしかなかった、裏切られたと思い込み憎悪に捕らわれた。
「私を助けた為に、彼は処刑された! 骸を見たんだ、あんな、あんな冒涜する曝し方!
彼はきっと待っていた、私の助けを待っていた! なのに、この私は何をしていたと思う? 裏切った代償だと軽蔑して、見向きもしなかった! 亡骸とて、そのまま傍観した!
愚か者だ、私は、私は、私は。
……彼は勇者だった、間違いなく勇者だった! アサギ、君とサンテは何が違う? 何をもってして勇者とする!?」
吼えるリュウに、一瞬アサギは怯んだが唇を軽く噛むと壁を叩く。
「リュウ様が勇者だと思われるなら、サンテ様だって勇者です!」
「アサギは魔王に攫われ魔界へ来たのに、全く無傷じゃないか! それは正統な勇者だからだろう!? 何かの加護に護られているからだろう!? サンテだって、その加護があれば。
……私に、逢わなければ今も生きていただろうに」
「私は、お2人が親しかったことしか知りませんし、リュウ様のお気持ちだってきっと半分も理解出来ていないと思います。
けど、リュウ様を信頼していたサンテ様は、無事にこうしてリュウ様が生きているから満足しているのではないのですかっ。それで、どうして私がこうして捕まっているのか解りませんっ」
「サンテは私の助けを待っていたんだ! 死人に口無し、どうとだって解釈できるだろう!? 絶望して、落胆して、あぁそんなものかと思ったに違いがない!」
「そっくりそのままお返ししますっ! リュウ様の解釈が間違っているかもしれないじゃないですかっ。とにかく、ここから私を出してくださいっ。私、行かなきゃ行けないと思うんです。一応勇者なんですっ」
「……出さない。絶対に出さない。
もし、ここから出られたならば。護りたい人々を護る事が出来たのなら。……アサギを勇者として認めよう。
さぁ魔王リュウからの挑戦だぐ。何も出来ず足掻くが良いぐ、絶望すると良いぐ。己の非力さを呪うと良いんだぐ」
「はぐらかさないでください。私は足掻きますが、絶望しません。非力だけれどなんとかしてみせます」
「強気だぐ。流石勇者だぐ」
口笛を吹き、立ち去ろうとしたリュウの脚が、止まった。軽く天井を見上げると、呟く。
「アサギはきっと、こんなことをしている私も助けようとするのだろうね。もしそれで、サンテのように私を救ったが為に命を落としてしまったら。……私は、二度も後悔することになる。救った仲間達と共に、歩む路が消えてしまう。勇者に救われて、のうのうと生きる幻獣の王など、見っとも無いことこの上ない。だから、死んで貰いたくないんだ。
恐らく」
コン、とアサギが壁を叩く。瞳を数回瞬きし、歩き出したリュウの背に声をかけた。
「嫌われたいのですか? だからこんなことをしているのですか?
大丈夫ですよ、私、サンテ様のようにリュウ様を庇って死なないですから。リュウ様も私を助けなくて良いのです。
リュウ様も言ったじゃないですか、私勇者なんです。何故か選ばれて来た勇者なんです。リュウ様を助けて自分も護ってみせます。……だから、出してください」
リュウの頭部が下がった、が、そのままやはり歩き出していた。
「……二度も勇者の友達を失くしたくないんだ。君が、もう、私を友達だと思っていなくても。護られて生きるのは、もうたくさんなんだ。けれども生きなければならない、仲間達を置いては死ねない。それに」
有り得ないが、サンテが転生したとしたら。そう願うと、生きていたかった。
「まぁ、転生したとしても、もう、幻獣星には戻る事が出来ないから……結局逢えないんだけれどね」
けれども、人間の召喚に怯えることなくサンテが生きていてくれるならば、それでも構わない。逢えなくても構わない。
リュウは薄く微笑んで、そのまま崩壊しつつある城内を歩いた。
意識が鮮明に戻ってきた、朦朧とした記憶の中でミラボーの部屋へと向かったことは記憶がある。
あの時点で何かしら幻覚に捕らわれていたように思える、根回しがしてあったのかもしれない。
何処もかしこも、混沌としていた。魔族達が攻防を繰り広げている。
数人、瞳に狂気の光が浮いているところを見ると、何かしらの術が発動しているようにも思えた。思考回路を乗っ取られているような。
魔族が数人、リュウに飛びかかってきたが難なくそれを避けると仲間達が眠っているミラボーの室内へと戻る。
地響きがする、何が暴れているのかなど、明確だ。ミラボーだ。
何処に隠していたのか、禍々しい魔力を放出し魔界を破壊していることは、リュウにも理解出来た。
先程の約束など、守られる確証はないと判断した。仲間達を起こしにかかる。安全なところへと避難しなければ、いつ城が全て崩壊してしまうか解らない。
ミラボーの室内は闇に包まれ、妙な香りが鼻につく。眠り薬だと耳に声が残っていた、そういう類の薬に詳しいのだろうか。知らなかった事実だ。
「私を上手く利用出来ると思うなよ、3星チュザーレの魔王ミラボーよ。腐っても1星ネロの魔王……もとい、幻獣星の王なのでね」
淡々と呟くと、リュウは忌々しそうに舌打ちした。
アサギは、どうしただろうか。もし、あの場から本当に出ることが出来たのなら……勇者として認めざるを得ない。
「目の前で、死ぬのを見たくないんだろうか。守り抜く自信がないんだろうか。アサギ、君が死ぬのが酷く怖いんだ。このまま去れば君の生死を知らずに済むだろう? 馬鹿だろう、きっと私は卑屈で愚者でしかない。意地け虫の弱虫なんだよ。アサギの真っ直ぐな瞳が、時折……痛い」
『リュウ様を助けて自分も護ってみせます。……だから、出してください』
アサギの声が、脳内で響いたがリュウは首を横に振って自嘲気味に笑った。
掛け声と共に、アサギは室内にあった椅子を透明な壁に投げつけてみたが、無理だった。
焦燥感に駆られながら、窓に移動する。
この硝子ならば割れるのではないか……。そう思案し、再び椅子を投げつけた。盛大な音と共に砕け散る硝子の破片、外と繋がったが飛び降りるのは自殺行為だろう。
切らないように窓から身を乗り出すと、超音波のような耳障りな高音が耳を裂く様に響いた。
思わず耳を塞ぎ、室内に身体を引っ込めると窓に魔物が群れている。翼が邪魔して室内までは入ってこられないようだが、漆黒で細身、血走った瞳が寒気を誘う飛行タイプの魔物である。
5体くらいは喚きながら窓にいた、倒して窓から出るべきだろうか。それしかないように思える。
武器がないので、床に散らばっていた大き目の硝子の破片をそっと拾うと、それを投げつける。
命中したのだが、一体が喚くばかりでどうにもならなかった。やはり魔法だろうか。
意を決して、右手を窓へと集中させる。詠唱を始める。
と、一体が体勢を変えて窓から侵入してきた。思いの外素早く、アサギは悲鳴を上げると床に転がる。
室内を旋回しながらアサギ目掛けて突進して来たので、転がって避けた。と、もう一体が入り込む。
仲間が入れたので、学習したのだろう。このままでは全て侵入してくるのも時間の問題だった。
「闇に打ち勝つ光よ来たれ、慈愛の光を天より降り注ぎ浄化せよっ」
急いで詠唱すると、魔法を発動する。光の粒子が室内に溢れ返った。
瞳が焼かれたのか、室内の魔物は落下し転げまわっている。窓に群がっていた魔物も落下したようだ。
大きく肩で息をすると、アサギは再び窓に近寄った。が、同じ魔物が再び窓目掛けて飛んで来ている。
数が多過ぎる、慌てて離れると、相手にしていては時間が無駄だと思った。
「誰か! 誰か! 誰か居ませんか!?」
無我夢中で、叫んだ。しかし、聴こえる音は魔物の声のみ。室内の魔物の転がる音が妙に響く。
再び光の魔法を詠唱し、時間を稼いだアサギは震える身体を沈めようと腕に爪を立てた。
と。
リュウの室内に違和感を感じた。金属音が聞こえた気がしたのだ。
何処からだろう、波動を感じるのだ。アサギは、震える足で転がる魔物を避けながら室内を徘徊した。
キィン、と何か音がする。
バタンバタン、と魔物の羽音の中で、それでも微かに、何か音が。
恐る恐る、ベッドの下を覗きこんだ。何かが、光っている。
躊躇せず、アサギは慌てて床に突っ伏すと、それに手を伸ばした。指先が触れる。無我夢中で引き寄せる。
魔物の耳障りな声が、真上でした為アサギは引き寄せたそれを思い切り突き立てた。
鈍い音がし、魔物が天井に叩きつけられる。室内の光で、ようやくそれが何か判明した。
「剣……!」
一振りの、剣だった。光っていたのは刀身だろうか、鞘から零れるように黄色くぼんやりと発色している。
鞘から引き抜く、光というよりも、まるで雷でも纏っているかのような、刀身が細身の剣だ。
アサギにも解った、普通の剣ではないことが。
ぶるり、と手にした右手が震える。キィン、と剣が鳴く。
室内に入り込んだ魔物の動きを明確に目で追うと、アサギは軽やかにそれを振った。多少重かったので両手で持ち、驚くほど冷静に魔物を斬りつける。
魔王リュウの室内にあった、剣。
1星ネロのカエサル城に祀られていた、一振りの剣。
勇者が持つべき、”エリシオン”。それだった。
計算してリュウが隠しておいた、アサギが身を護る事が出来るように、置いておいたのだ。
「ミノルかユキが所持すべき剣、なの? ……ちょっと、お借りします!」
掛け声と共に、アサギは見えない壁に向かって剣を突きたてた。上手く行くかと思ったが、腕が痺れるだけだった。
顔を顰めて、右手を押さえる。瞳に涙を浮かべて、再び叫んだ。
「誰か! お願い、出してっ」
『……どなたか! どなたか! 王子と同等の、いやそれ以上の魔力を持ちえるお方よ! どうか、私の声をお聞きください! 私の名はバジル=セルバ。私を召喚してください、封印を打ち破り、貴方様のもとへと召喚してください!』
不意に聴こえた声に、アサギが振り返る。間違いなく、男性の声だった。
誰の声か。アサギは知る由もない。耳を澄ませども、声はそれきりだった。
しかし、アサギが放った光の魔法の粒子を感じ取って、辿ってきた者が居たのだ。
「アサギ様! 何をやっておいでですか!?」
「アイセル様!」
助けが、来た。身体中から血を流しながら、驚愕の瞳でドアの前に立ち尽くしているのは、アイセルだった。
「リュウ様。ご無事でよかったです、なんだかお城が大変なことになってて。あの、トビィお兄様達見かけませんでしたか? 一緒に、何処かへ一旦避難して体勢を立て直したいのです」
「……無理だと思うぐー。ほら、外を見てみるぐ、ミラボーが暴れているらしいぐ」
言われて、アサギは思わず身体を翻すと、窓へと駆け寄った。窓硝子に手をあてて悲鳴を上げる。
城から眺める魔界の風景が好きだったが、三分の一程度すでに崩壊していた。
何があったのか、理解出来ない。所々、まだ美しい森が残ってはいるが湖は澱みきっている。色合いが、解らない。それは、土や木々が雪崩れ込んだ為でもあるのだが魔族達の血液も夥しく混じっていた。ここからでは鮮明に観る事が出来ないのだが、死体が浮き沈みしていた。
空は晴れきっているのだが、それが逆に不気味だった。何処から来たのだろう、飛行タイプの魔物が空にまばらに浮いている。奇声を上げながら魔界に飛び立っているようだ。
あちらこちらで火の手が上がっている、魔法で応戦しているのだろうか。
アサギは息を飲んだ。震える身体で視線を真下に下ろす。砂埃が舞っていてよく見えないのだが、城もほぼ崩壊しているようだった。瓦礫が散乱し、魔族達の腕や脚が飛び出ていたり、無造作に落ちていたり。点々と赤と緑の色合いが見える瓦礫は、魔族達の血痕か。
喉の奥で悲鳴を上げると、口元を押さえて咳込む。吐き気を覚えたが必死に浮かぶ涙を押し殺してアサギは、耐えた。目の当たりにした惨状に身体が震え出す。
「驚いたぐ。ミラボーは何をしたんだぐーかね。数撃でアレクの城のほぼ半分が崩壊したぐーよ。この部屋は無事だったぐ。反対側にあったアレクの部屋はもう、駄目だぐーね。
ハイとミラボーの部屋も無事だぐーよ、アサギの部屋が微妙な位置にあったから」
「リュウ様! とにかく、みんなと合流しましょう!」
口元をぬぐってアサギが再びリュウに駆け寄る。と、リュウの身体が一歩下がった。伸ばしたアサギの手が、宙を掴む。冷めた瞳でリュウは口元に笑みを浮かべることなく、アサギを見下ろした。
「行かせないぐ。アサギはここに居ると良いぐ。……眠ればいい、目が覚めたら全てが終わっている」
「な、何を言っているんですか!? 私、行きますよ。リュウ様は行かないのですか!?」
再びアサギが手を伸ばすが、リュウには触れられなかった。カン、と爪が何かに触れた。恐る恐る手を伸ばせば、見えない壁が出来ている。目の前にリュウがいるのに、触れることが出来ない。焦ったアサギは、その見えない壁を力任せに叩いた。だが、手が痛いだけだ。
必死に、両手で叩いてリュウの名を呼ぶ。何処を見ているのか解らないリュウに、大声で訴えた。しかし、この壁に阻まれて声が届いているのかどうかすら、解らない。
「リュウ様、リュウ様!」
「違うよ、アサギ。私の名前はリュウじゃない。”スタイン”っていうんだ……」
ぼそ、と漏らしたリュウは目の前で壊れる事など絶対にない壁を叩き続けているアサギを、ようやく瞳に入れる。
「ここから、出してください! お願いしますっ」
「出さない。君は勇者だから、ここから出さない」
再び視線を逸らし、俯き気味に呟いたリュウにアサギは叫んだ。初めて聴く切羽詰まったアサギの悲鳴に似た叫び声に、リュウが肩を震わす。瞳が宙を泳ぎ、視線を合わせまいとした。
「リュウ様、私を見てください! どうしてこんなことをするのか、ちゃんと説明してくださいっ」
「……君が、勇者だから。勇者の君を失いたくないのかもしれないし、いや、それとも君ならこの場を救えるのか試したいのかもしれないし。私は仲間達さえ無事ならそれで良いから、他の事に興味がないのかもしれないけど」
「意味が解りませんっ。リュウ様の仲間って、リグ様達ですか!? ハイ様は、アレク様は入らないのですか!? ここから出してください、話がしたいんですっ」
アサギが本気で怒っている事を、リュウも知った。声色が普段と全く違うからだ。恐らく、見たこともない顔で自分を睨んでいるのだろう、とリュウは思った。だからこそ、余計に見る事が出来ない。
ガン!
アサギが壁に蹴りを放った、が、当然痛みは跳ね返る。唇を噛締め、アサギは腰の鞘に手を伸ばしたが我に返った。剣が、ない。先程抜き放ち移動していた、ハイに握られていた側に持っていた筈だが何処かで落としたようだ。後方から伸びてきた腕に捕まれた際に、離してしまったのだろう。
アレクから受け取った、ロシファの形見の様な剣だった。青褪めたアサギは再び拳で壁を叩きつける。
「私はね、アサギ。勇者の知り合いが居たんだ」
ぼそ、と告げた声に思わずアサギは耳を傾けた。大きく肩で息をしながら、壁に寄り添いか細いリュウの声を聞き取ろうとする。
「1星ネロには、勇者が居た。と、言っても、君のような勇者じゃない。君は何処だか知らない異界から召喚されたらしいじゃないか、勇者の石とやらも所持しているって。正統な、勇者なんだろうね。
でも、彼は違った。人間の勝手な都合で勇者になってしまった、仮初の勇者だった」
アサギは、喉を鳴らした。恐らく、今から語られる事が真実なのだろう。勇者、となると過敏にリュウが反応することは、アサギも知っていた。知らず、唇を噛み、壁に爪を立てる。はぐらかされて来た、その真実が今明るみに出る。
もし、好機があるとすれば、話を聴き終えた時に自分が何とリュウに伝えられるか、だった。
迷い子の様に俯きがちで語るリュウが、酷く弱々しく見えた。泣いているようにしか見えなかった。
「……召喚された時に、仲間から聴きました。
1星ネロは魔王が現れるより以前に、勇者が存在していた地。けれどその勇者は魔王リュウによって破れ、彼の愛する姫君も亡くなられたと伝わっていると。主要国は”カエサル”。今から何百年も前の話だと。姫君は常に勇者に寄り添い、共に励ましていたと聴いているのですが。
実際は、違うのですよね?」
アサギの言葉に、思わず吹き出したリュウは皮肉めいて吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「人間が書き換えたんだ! 真実なんてこれっぽっちも伝わってない! サンテを殺したのは私じゃない、人間だ! 姫などサンテは愛していなかった、寄り添っていなかった! ……確かに、私が見殺しにしたから、私に殺されたと言えなくもないけれど」
声を荒げたリュウに、アサギは驚かなかった。なんとなく、気がついていた。
勇者となると、妙に他所他所しくなり、狼狽していたリュウ。魔王と勇者という因縁の2人というだけではない気がしていた。名前で呼んだということは、親しい仲だったのだろう。
「友達、だったのですよね。その勇者サンテ様と」
「……友達? 違う、友達などでは、なかった。
……アサギは以前、私に訊いたね。勇者は召喚されてきたのか、と。違うよ、彼は1星ネロの平凡な人間だ。
小さな家に住んでいた、普通の若者だった。けれど、ある日敵国の襲撃にあって一人だけ生き延びたんだ。
話が捏造された、彼がたった一人で敵国の襲撃を撃退し、勝利をもたらした伝説の勇者だと。そう、書き換えられたんだ。真実など、一握りの者しか知らない。彼が勇者となることで、国内には士気を上げる効果があった。そして無論、敵国には威圧感を与えることが出来た。魔法など使えない、剣すら、振れない。そんな人間だったよ」
「つまり、利用されて勇者にでっち上げられたんですね?」
「そう。それだけ。1人きり、土地の貧相な場所に犬と住んでいた。他人と関わることを禁じられて、何かあれば”勇者として”出向く……。そんな、人生だったよ。
そうだ、1つ謝っておこう。嘘なんだ、アサギ。サンテと姫は夫婦ではなかった。表向きだとそうなってはいたけれど」
「解り、ました」
「以前、酷く気にしていたようだったから」
「……有り難う御座います」
1星ネロの勇者として召喚されたらしい、アサギの知り合い達。男女らしく、片方はアサギの親友だという。恐らく、もう片方がアサギが恋心を抱いている相手なのだろうということは、リュウにもなんとなく解っていた。
2人のことは知らないが、運命的な環境に置かれた場合、心が動きやすいことは間違いないだろう。アサギは気にしていたのだ、自分は魔界で1人きり。残してきた2人の勇者の、現状を。
意地悪でもしてやろうかと思っていたが、流石にそれは気が引けた。
本来リュウは、悪戯が好きでも人が傷つき、泣くようなことはしない。
アサギに、謝るなら今しかないと思ったのだ。
こんな時にそんなことで謝るリュウが、やはり悪人には見えない。事情があって自分をこのように閉じ込めてしまったと確信したアサギは、今はミノルとユキの事を考えている場合ではないと思った。
少し、安堵したのは確かだが。
「彼はね、異界から来た違う種族の男に優しくしてくれたんだ」
それが、リュウ自身であることなどアサギには直ぐに解った。だが、自分だとは言わずにリュウは話を続ける。
「お人よしだったんだ、少ない食物でも必死に食事を作ってくれた。出向いた時なんて、苺を持って帰ってきてくれたんだ。甘くて、美味しいからって」
「……だからリュウ様は苺がお好きなんですね」
アサギがそう言ったが、それには答えず続ける。
「裏切られたと、思ったんだ。彼の罠に嵌められたと、思ったんだ。友達だと思っていたけれど、違ったんだと思ったんだ。
だから私は彼を置き去りにして、仲間達と逃げた。
けれど、違ったんだ。サンテは、私を裏切ってもいなかったし、罠に嵌めたなんてとんでもない。……友達だと思ってくれていたから助けてくれたんだ」
リュウの身体が震える、顔を手で覆い隠して咽ながら告げる。
あの日。
リュウを裏切ったと見せかけて、サンテは逃がしてくれた。それを咎められ拷問されたのだろう、身体中に穴が空き、死体を曝されていたのはその為だ。
サンテと過ごした小屋で、リュウが見つけたもの。置手紙だった。
必死に人間の文字を解読したリュウは、手紙の内容を見て愕然としたのだ。
今も、リュウの懐に収まっているその手紙。
『スタインへ。
もし、君の惑星に生れ変わることができたのならば。一緒にたくさん遊ぼう。
思いついたよ、仲間達を呪縛から解き放つ方法を。召喚士達が所持している、書物を燃やせばいいんだ。真名が解らなければ、召喚に怯えることもないだろう。
やってみるよ、君に捧げた命。初めての、友達。
どうか、どうか。生れ変わって、君の惑星の住人になるんだ。だから君は、生きなければいけない。君が死んだら、生れ変わっても意味がない。
約束だよ、君は生きて君のままで居て』
サンテは、意を決してあの日国王の前に名乗り出た。
まさかリュウがそこへ来るとは思っていなかったのだが、好機だとした。運命の日であると。
リュウの真名は、確かにサンテは知っていた。
スタイン、という名だ。エシェゾーという名は、召喚士達が知っていた。
二つを組み合わせることが出来たのならば、真名が人間の手に渡っていたのだがリュウは一度も呪縛にかからなかった。多少、身体の制御が出来なくなった時もあったのだが、それは名が一部違っていたからだ。
サンテは名前をこう告げた。
『あの者の名は”リュウ”です』
『ほぅ。あの者、王家の出らしいではないか。となるとエシェゾーと伝わっておるので、リュウ=エシェゾーということだな! でかしたぞ勇者サンテ!』
無論、その名は偽りである。召喚士達が何度叫ぼうとも、リュウは手中に収まらなかった。
そしてサンテは調べものをすると言い、召喚士達が所持していた書物を集められるだけ集め、燃やしたのだ。
その為に、処刑された。
歯を抜かれ、腹部に槍を突き立てられ、皮膚を燃やされてもサンテはリュウの名を一度も呟かなかった。
にこりと笑いながら、自分を拷問する人間達にこう言った。
最も、その時には舌を抜かれており、声など出なかったが。
『……ここで死んで、生れ変わってスタインの惑星へ行くんだ。そこで幻獣として生まれるんだ。そうしたら、素晴らしい王の下で、孤独に怯える事もなく、幸せに暮らせる』
転生を、信じた。酷く死が安らかなものに思えた。
サンテは、自分に暴行を加えている人間達を見て嘆いた。羨望したのは、幻獣達だった。
リュウが無事であることだけを願った、信頼されている彼ならば無事に仲間達と逃げ切れただろう。
最期に、裏切ったような素振りを見せてしまったが、人間達を騙す為には仕方がなかった。
『スタイン。もし、君が僕を軽蔑したとしても。……君さえ無事ならそれで良いと思うんだよ』
そんなサンテの思いまでは、リュウは知らない。
だが、途中でリュウは幾分か気付いた。
立ち寄った小屋にあった、サンテの置手紙。植えられていた沢山の苺。そして、”リュウ”という名。
その為リュウは自らを”リュウ”と名乗った。サンテが名付けてくれた、偽りの名だ。その名のおかげで、リュウは生き永らえたも同然だ。
真実を知り、愕然とした。
自らを恥じるしかなかった、裏切られたと思い込み憎悪に捕らわれた。
「私を助けた為に、彼は処刑された! 骸を見たんだ、あんな、あんな冒涜する曝し方!
彼はきっと待っていた、私の助けを待っていた! なのに、この私は何をしていたと思う? 裏切った代償だと軽蔑して、見向きもしなかった! 亡骸とて、そのまま傍観した!
愚か者だ、私は、私は、私は。
……彼は勇者だった、間違いなく勇者だった! アサギ、君とサンテは何が違う? 何をもってして勇者とする!?」
吼えるリュウに、一瞬アサギは怯んだが唇を軽く噛むと壁を叩く。
「リュウ様が勇者だと思われるなら、サンテ様だって勇者です!」
「アサギは魔王に攫われ魔界へ来たのに、全く無傷じゃないか! それは正統な勇者だからだろう!? 何かの加護に護られているからだろう!? サンテだって、その加護があれば。
……私に、逢わなければ今も生きていただろうに」
「私は、お2人が親しかったことしか知りませんし、リュウ様のお気持ちだってきっと半分も理解出来ていないと思います。
けど、リュウ様を信頼していたサンテ様は、無事にこうしてリュウ様が生きているから満足しているのではないのですかっ。それで、どうして私がこうして捕まっているのか解りませんっ」
「サンテは私の助けを待っていたんだ! 死人に口無し、どうとだって解釈できるだろう!? 絶望して、落胆して、あぁそんなものかと思ったに違いがない!」
「そっくりそのままお返ししますっ! リュウ様の解釈が間違っているかもしれないじゃないですかっ。とにかく、ここから私を出してくださいっ。私、行かなきゃ行けないと思うんです。一応勇者なんですっ」
「……出さない。絶対に出さない。
もし、ここから出られたならば。護りたい人々を護る事が出来たのなら。……アサギを勇者として認めよう。
さぁ魔王リュウからの挑戦だぐ。何も出来ず足掻くが良いぐ、絶望すると良いぐ。己の非力さを呪うと良いんだぐ」
「はぐらかさないでください。私は足掻きますが、絶望しません。非力だけれどなんとかしてみせます」
「強気だぐ。流石勇者だぐ」
口笛を吹き、立ち去ろうとしたリュウの脚が、止まった。軽く天井を見上げると、呟く。
「アサギはきっと、こんなことをしている私も助けようとするのだろうね。もしそれで、サンテのように私を救ったが為に命を落としてしまったら。……私は、二度も後悔することになる。救った仲間達と共に、歩む路が消えてしまう。勇者に救われて、のうのうと生きる幻獣の王など、見っとも無いことこの上ない。だから、死んで貰いたくないんだ。
恐らく」
コン、とアサギが壁を叩く。瞳を数回瞬きし、歩き出したリュウの背に声をかけた。
「嫌われたいのですか? だからこんなことをしているのですか?
大丈夫ですよ、私、サンテ様のようにリュウ様を庇って死なないですから。リュウ様も私を助けなくて良いのです。
リュウ様も言ったじゃないですか、私勇者なんです。何故か選ばれて来た勇者なんです。リュウ様を助けて自分も護ってみせます。……だから、出してください」
リュウの頭部が下がった、が、そのままやはり歩き出していた。
「……二度も勇者の友達を失くしたくないんだ。君が、もう、私を友達だと思っていなくても。護られて生きるのは、もうたくさんなんだ。けれども生きなければならない、仲間達を置いては死ねない。それに」
有り得ないが、サンテが転生したとしたら。そう願うと、生きていたかった。
「まぁ、転生したとしても、もう、幻獣星には戻る事が出来ないから……結局逢えないんだけれどね」
けれども、人間の召喚に怯えることなくサンテが生きていてくれるならば、それでも構わない。逢えなくても構わない。
リュウは薄く微笑んで、そのまま崩壊しつつある城内を歩いた。
意識が鮮明に戻ってきた、朦朧とした記憶の中でミラボーの部屋へと向かったことは記憶がある。
あの時点で何かしら幻覚に捕らわれていたように思える、根回しがしてあったのかもしれない。
何処もかしこも、混沌としていた。魔族達が攻防を繰り広げている。
数人、瞳に狂気の光が浮いているところを見ると、何かしらの術が発動しているようにも思えた。思考回路を乗っ取られているような。
魔族が数人、リュウに飛びかかってきたが難なくそれを避けると仲間達が眠っているミラボーの室内へと戻る。
地響きがする、何が暴れているのかなど、明確だ。ミラボーだ。
何処に隠していたのか、禍々しい魔力を放出し魔界を破壊していることは、リュウにも理解出来た。
先程の約束など、守られる確証はないと判断した。仲間達を起こしにかかる。安全なところへと避難しなければ、いつ城が全て崩壊してしまうか解らない。
ミラボーの室内は闇に包まれ、妙な香りが鼻につく。眠り薬だと耳に声が残っていた、そういう類の薬に詳しいのだろうか。知らなかった事実だ。
「私を上手く利用出来ると思うなよ、3星チュザーレの魔王ミラボーよ。腐っても1星ネロの魔王……もとい、幻獣星の王なのでね」
淡々と呟くと、リュウは忌々しそうに舌打ちした。
アサギは、どうしただろうか。もし、あの場から本当に出ることが出来たのなら……勇者として認めざるを得ない。
「目の前で、死ぬのを見たくないんだろうか。守り抜く自信がないんだろうか。アサギ、君が死ぬのが酷く怖いんだ。このまま去れば君の生死を知らずに済むだろう? 馬鹿だろう、きっと私は卑屈で愚者でしかない。意地け虫の弱虫なんだよ。アサギの真っ直ぐな瞳が、時折……痛い」
『リュウ様を助けて自分も護ってみせます。……だから、出してください』
アサギの声が、脳内で響いたがリュウは首を横に振って自嘲気味に笑った。
掛け声と共に、アサギは室内にあった椅子を透明な壁に投げつけてみたが、無理だった。
焦燥感に駆られながら、窓に移動する。
この硝子ならば割れるのではないか……。そう思案し、再び椅子を投げつけた。盛大な音と共に砕け散る硝子の破片、外と繋がったが飛び降りるのは自殺行為だろう。
切らないように窓から身を乗り出すと、超音波のような耳障りな高音が耳を裂く様に響いた。
思わず耳を塞ぎ、室内に身体を引っ込めると窓に魔物が群れている。翼が邪魔して室内までは入ってこられないようだが、漆黒で細身、血走った瞳が寒気を誘う飛行タイプの魔物である。
5体くらいは喚きながら窓にいた、倒して窓から出るべきだろうか。それしかないように思える。
武器がないので、床に散らばっていた大き目の硝子の破片をそっと拾うと、それを投げつける。
命中したのだが、一体が喚くばかりでどうにもならなかった。やはり魔法だろうか。
意を決して、右手を窓へと集中させる。詠唱を始める。
と、一体が体勢を変えて窓から侵入してきた。思いの外素早く、アサギは悲鳴を上げると床に転がる。
室内を旋回しながらアサギ目掛けて突進して来たので、転がって避けた。と、もう一体が入り込む。
仲間が入れたので、学習したのだろう。このままでは全て侵入してくるのも時間の問題だった。
「闇に打ち勝つ光よ来たれ、慈愛の光を天より降り注ぎ浄化せよっ」
急いで詠唱すると、魔法を発動する。光の粒子が室内に溢れ返った。
瞳が焼かれたのか、室内の魔物は落下し転げまわっている。窓に群がっていた魔物も落下したようだ。
大きく肩で息をすると、アサギは再び窓に近寄った。が、同じ魔物が再び窓目掛けて飛んで来ている。
数が多過ぎる、慌てて離れると、相手にしていては時間が無駄だと思った。
「誰か! 誰か! 誰か居ませんか!?」
無我夢中で、叫んだ。しかし、聴こえる音は魔物の声のみ。室内の魔物の転がる音が妙に響く。
再び光の魔法を詠唱し、時間を稼いだアサギは震える身体を沈めようと腕に爪を立てた。
と。
リュウの室内に違和感を感じた。金属音が聞こえた気がしたのだ。
何処からだろう、波動を感じるのだ。アサギは、震える足で転がる魔物を避けながら室内を徘徊した。
キィン、と何か音がする。
バタンバタン、と魔物の羽音の中で、それでも微かに、何か音が。
恐る恐る、ベッドの下を覗きこんだ。何かが、光っている。
躊躇せず、アサギは慌てて床に突っ伏すと、それに手を伸ばした。指先が触れる。無我夢中で引き寄せる。
魔物の耳障りな声が、真上でした為アサギは引き寄せたそれを思い切り突き立てた。
鈍い音がし、魔物が天井に叩きつけられる。室内の光で、ようやくそれが何か判明した。
「剣……!」
一振りの、剣だった。光っていたのは刀身だろうか、鞘から零れるように黄色くぼんやりと発色している。
鞘から引き抜く、光というよりも、まるで雷でも纏っているかのような、刀身が細身の剣だ。
アサギにも解った、普通の剣ではないことが。
ぶるり、と手にした右手が震える。キィン、と剣が鳴く。
室内に入り込んだ魔物の動きを明確に目で追うと、アサギは軽やかにそれを振った。多少重かったので両手で持ち、驚くほど冷静に魔物を斬りつける。
魔王リュウの室内にあった、剣。
1星ネロのカエサル城に祀られていた、一振りの剣。
勇者が持つべき、”エリシオン”。それだった。
計算してリュウが隠しておいた、アサギが身を護る事が出来るように、置いておいたのだ。
「ミノルかユキが所持すべき剣、なの? ……ちょっと、お借りします!」
掛け声と共に、アサギは見えない壁に向かって剣を突きたてた。上手く行くかと思ったが、腕が痺れるだけだった。
顔を顰めて、右手を押さえる。瞳に涙を浮かべて、再び叫んだ。
「誰か! お願い、出してっ」
『……どなたか! どなたか! 王子と同等の、いやそれ以上の魔力を持ちえるお方よ! どうか、私の声をお聞きください! 私の名はバジル=セルバ。私を召喚してください、封印を打ち破り、貴方様のもとへと召喚してください!』
不意に聴こえた声に、アサギが振り返る。間違いなく、男性の声だった。
誰の声か。アサギは知る由もない。耳を澄ませども、声はそれきりだった。
しかし、アサギが放った光の魔法の粒子を感じ取って、辿ってきた者が居たのだ。
「アサギ様! 何をやっておいでですか!?」
「アイセル様!」
助けが、来た。身体中から血を流しながら、驚愕の瞳でドアの前に立ち尽くしているのは、アイセルだった。
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