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異世界クレオへ到着してから数日が経過したが、初めてベッドで眠りに就く事が出来た勇者達。
明日からまた旅が始まる、馬車で移動し、野宿をし、の繰り返しだ。
次の目的地までは、クリストバルからジェノヴァまでよりも、更に長い距離である。
辛い、厳しい旅なのだが、仲間が居るというだけで妙に安心できた。
一人で来ていたら音を上げていただろうが、音を上げても叱咤する友達が居るというのは心強い。
早朝、一人ミノルは目が冷めて暖かな布団の中でもぞもぞ、と動く。
周りは眠っているようだ、昨夜一番乗りで就寝した為、起床が早かったようである。
枕の下に手を入れて弄り、何かを取り出した。
そこには一昨年の勇者達が写っている写真入りの、プラケースがあった。
プラケースに入れる際に、端際に居たトモハルを半分鋏で切ったのだが、それはよしとして。
文化祭のクラスの出し物で、劇を披露したのだが、その時の集合写真である。
そう、去年、今年は違ったが一昨年は勇者達は全員同じクラスだったのだ。
アサギの直ぐ傍で撮る事が出来た唯一の写真である、これ以後運動会でも遠足でも、ミノルはアサギと写真に写る事が出来なかった。
唯一の一緒に写っている写真を、大事にプラケースに入れて、誰にも見つからないようにポケットに忍ばせていた。
劇の題名は『ロミオとジュリエット』、定番悲劇である。
当然ジュリエットがアサギだ、そしてユキが付き添いの娘役。
ロミオがトモハルで、ミノルとケンイチ、ダイキはアサギ・・・ジュリエット側の兵士である。
ジュリエットのアサギは当然、煌びやかなドレスを着ていた。
本物のお姫様のようで、とても可愛らしい。
その写真をまじまじと見つめていたミノルは、不意に顔を赤らめる。
実はこの劇、本番中にミノルは大失敗をしたのだ。
『ジュリエット様に触れるな!』という一つだけの台詞を任されたミノル、緊張していたのだろう誤って「俺のアサギに触るな!」と言ってしまった。
公衆の面前でそのような発言をしたものならば、通常冷やかしが巻き起こるのだが、生憎ミノルの相手はアサギである。
上級生からその後締め上げられる、同級生から憎しみの篭った目で見られる・・・等、大惨事を引き起こした。
翌日ケガをして登校してきたミノルに、アサギが慌てて駆け寄ってきたがミノルは苛立ちも伴って口を利かず、机を叩く。
アサギを睨みつけて勢い良く立ち上がると、そのまま教室を出てしまった。
アサギの手にはバンドエイドが握られていた、怪我を見て心配して駆けつけたのだろう。
何も悪くないアサギに八つ当たりをし、結果、好意を無にしたミノル。
もしかしたら仲良く会話出来たかもしれないのに、上手く接する事が出来ないまま、二年が経過していた。
トモハルのように、気の利いた台詞なんて言えない。
ケンイチのように、人懐っこく誰とでも仲良く出来ない。
ダイキのように、落ち着いて物事を考えるなんて無理。
ミノルは不意に苛立ちを覚え、枕を殴りつけて小さく笑った。
深い溜息一つ、枕にボスッと顔を埋めて再び眠りに就く。
プラケースを握り締めたまま、唇を噛み締めて浅い眠りへと落ちていった。
「いいんだ、酷い事たくさんしたから、嫌われてるだろうし」
トモハルのようにアサギと会話出来たらいいのに、まどろみながらそんな事を考える。
太陽が昇り始め、一行は朝食を済ませると早朝だったがマダーニに連れられて酒場を回った。
「早く寝ろと言ったのに」
寝不足気味のマダーニとアリナの姿を見るなり、ライアンは落胆して頭を抱える。
二人が眠りに就いたのは、二時間ほど前だった、寝ていないに等しい。
けれども、足元ふらつかせつつマダーニは歩く。
早朝なので酒場は静まり返っている、酔い潰れた客が店先で眠っていたり、奇麗に閉まっていたり。
ジェノヴァへはマダーニは約三週間ぶりに戻ってきた、馴染みの店で最新情報を聞きだすつもりだ。
客の多く滞在する夜より、早朝ひっそりと聞くことを選んだマダーニ。
昨夜もアリナと二人で何軒か梯子し、呑みながら様々な話に耳を済ませていた。
マダーニは『最後の夢』と書かれた看板がぶら下がっている、綺麗とは言えない店へと入っていく。
薄暗い店内、奥にマスターと思しき人物と、屈強な男達が数人何か潜めきあっている。
入ってきた一行に一瞥をくれ、その屈強な男達は脇をすり抜けて店から出て行った。
異様な雰囲気に、アサギにしがみ付くユキ。
酒の香りが店内にまだ残っているその場所、マダーニは手身近な椅子を引くと腰掛けた。
それを見て一行たちも、ガタガタを音をたてて椅子に座る。
全員が座ったところでマスターが一言。
「あいつらに警護は任せた、安心してくれ」
「ありがとう、マスター。さて本題に入ろうか? 何か情報があるってことだよね」
マスターが神妙に頷く、マダーニの表情から笑みが消え失せる、声のトーンが低くなる。
「シポラの情報だ、あそこは邪教徒の本部だそうだ」
「・・・いきなりそんな確信めいた情報なわけ? 何処が出元?」
嘲る様に吹き出し、微かにマスターを睨みつけるマダーニ、その情報を信じていない様子だ。
喉の奥で笑うと、机に突っ伏して頭を抱えていた。
「逃げてきた教徒が居るんだよ。ほら、出ておいで」
店の奥に声をかけるマスター、中年の男がよろめきながらゆっくりと歩いてくる。
血色が悪く、立っているのがやっとな程のその男は、窶れ細っている。
「この男、まだ26歳だそうだ」
「にじゅうろく!」
とてもそうは見えない、驚いて声を口々に上げる一行、どう見ても50代前半だろう。
顔を上げ、マダーニは瞳を細めると疑り深くその男に視線を投げかけた。
「教祖は魔族、崇めているのは『破壊の姫君』。姫君だから、女性だな。その姫君とやらは今この世界に実在するそうだ」
「ちょっと待って、何でそんなこと解るわけ? 俄かに信じ難い」
マスターの口から飛び出る言葉に、マダーニは乾いた笑い声を出す。
マダーニはジェノヴァに訪れてから、情報をマスターに求めていた。
母の事を知っていたこの男を信用し、シポラ関連の情報を探って貰うように頼んでいた。
だが、こうもあっさりと解るものなのか? 都合よく行き過ぎではないか?
「この男・ザークというらしいのだが、シポラに行ったところまでの記憶はあるそうだ、だが中で何をしていたのかが欠けている。それでも、何度も繰り返される『破壊の姫君』という単語と、像に向かって平伏していた様な感覚、そしてその像の左右に立っていた魔族二人だけが不意に甦るそうだ」
「・・・」
それでも疑心難儀でマダーニは低く唸り続ける、罠な可能性はないのだろうか、よく逃げ出すことが出来たなこの男・・・そう思ってしまう。
「催眠、でしょうかー? 記憶がないというのは、誰かに操作されているからでは」
後ろで控えめにアサギが発言する、弾かれた様にマダーニは振り返った。
「忘れてた。昨日逢った魔族が『邪教徒から護ってください』とかなんとか言ってた。邪教徒の存在はあながち嘘じゃないかもね。不思議な男でオークスって名乗ったけど・・・」
「あー、オークスならボクも昨日逢った。魔族だろ」
アリナが寝ぼけながらそう発言する、ぎょっとして一斉に二人を交互に見る一行。
アサギとユキだけが、軽く頷いている。
「何故大事な事を言わないんだ!」
立ち上がって怒鳴るライアンに、しれっと二人は声を揃えて反論した。
「え、忘れてたから」
全く悪びれている様子がない二人、項垂れて机に倒れこんだライアンに代わって、マスターが戸惑い気味に声をかけてくる。
「魔族は他になんと?」
「味方だけど、今は動けない。予測と食い違いがあった。えっと、魔族やら邪教徒やらから『あの方』を護って下さい」
「勇者の様子を観に来てた・・・とかなんとか・・・」
マダーニとアリナが首を捻って、たどたどしく思い出した事を口走る。
血相変えてライアンが跳ね起き、二人に詰め寄るが生憎これが二人の知り得る事である。
一行は顔を見合わせ首を傾げ、眉を潜める他なかった。
あまりにも謎めいている魔族の言葉、信用して良いのか検討がつかない。
「その魔族を信用するのなら『勇者の所在が見つかってしまった』ということじゃな。・・・何故知りえたのじゃろう」
ブジャタが静かに言葉を紡ぐ、皆唾を飲み込む。
静まり返った室内、空気が重い。
「味方なら何も問題はないでしょうね、勇者が知られても。ただ、魔族が勇者の味方をしますか? 魔王アレクに報告は? むしろ、魔王アレクからの指示で観に来たのでは?」
「一概に信用は出来ないけれど、嘘でもないと思うんだボク。殺そうと思えば何時でも殺せただろうに」
「敵なら・・・『護れ』とは言わないわよね・・・」
口々に意見を出し始め、空気は重いが室内は急に騒がしくなった。
困惑気味に顔を見合わせて肩を竦めていた勇者達、魔族に知られたという時点で恐怖を覚えてしまうのは仕方の無いことだ。
ただ、アサギとユキにはどうしても出会えた二人の魔族が、敵とは思えない。
「あの・・・。あの二人は大丈夫だと思います、悪い人じゃないです、絶対」
控え目にアサギが立ち上がって叫ぶように発言した、一斉に皆がアサギを見る。
「根拠はないんです、でも、断言してもいいです、敵じゃないです」
「ええと・・・君が勇者かな?」
「あ、はい。アサギと申します」
マスターは瞳を丸くしてアサギを見つめる、勇者がまさか少女だとは思いもしなかったのだろう。
言葉が出てこず、固唾を飲み込み狼狽しつつマダーニを見た。
「大凡、私もアサギちゃんに同意見かな、私は一人しか見てないけど。邪悪な感じはしなかったね」
「あぁ、敵意が全く感じられなかった。不可解な点は残るけどさ」
マスターの視線は苦笑いで返し、アリナと深く頷く。
再度静まり返った一行に、ザークが一歩前へ進み出ると俯き気味にか細い声で口を開いた。
「その姫君はとてつもない魔力と、類稀なる美貌の持ち主だそうです。誰しもが魅了されてしまうと。その姫君が本気を出せば、すぐにでも世界が破滅へと追いやられるとか」
「何でそんな危ないのを崇めてるのかしらね? 世界の再編でもしようっていうの? 魔王軍とは別物、ってことだものね」
それきり口を開かないザーク、マダーニは軽い溜息一つ数分思案していたようだが、これ以上の長居は無用と悟り、マスターに礼を述べると先頭切って店を後にした。
納得のいかない、不安と疑問が増した一行の最後尾、黙って聞いていたトビィがマスターに歩み寄る。
「竜が航路に出現したと聞いたが、知っているか?」
「あぁ、その話ね」
「何時からだ?」
「んー・・・一月前くらいじゃないかなぁ?」
「三体で間違いないのか?」
「あぁ、そう聞いてるね。黒竜、風竜、水竜の三体だと。あくまで『噂』だが」
「有難う」
顔色一つ変えず、質問を手短にするとトビィは何事もなかったかのように店を出る。
アサギに追いつき、手を握って歩きながらトビィは軽く空を見上げた。
「間違いない、な。クレシダ達だ」
竜は、オレを探している。
大事な相棒達、オレを待ってその近辺を動かないのだろう。
考えつつトビィは軽く唇を噛み締める、直ぐにでも再会したいところだが大海原に居ては簡単に辿り着けない。
「早いとこ迎えに行かないと」
小さく零すと手に知らず力が篭ったらしく、アサギが微動だした。
『ドラゴンナイト:トビィ・サング・レジョン』、一行が知らない、本当のトビィの姿である。
一行は市場で食料を買い漁ると、そのまま昼前に街を後にした。
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